フィルムカメラの名機は半世紀後でも現役
カメラを持って出歩くようになったのは、38歳で中国・上海に語学留学していた8年前のこと。勉強の合間に旅行をしては、訪れた街の光景を写真に収めていました。根気さえあれば誰でも美しく撮れる景色より、二度と同じシーンが訪れない街中の一瞬に惹かれていました。初心者なりに「少しでも味わいのある作品を」と思い、その頃、一眼レフのデジカメを買いました。
2024年の春、ふらりと立ち寄った秋葉原の中古カメラ店で、「オリンパスOM-1」を見つけました。1972年、技術者の米谷美久氏がライカへの憧れを込めて設計したとされる名機です。私が関わるIT業界では、昨年リリースしたバージョンがもう古いと評価されます。それに比べて、この機種は半世紀以上も前に誕生しながら、今も現役で使えるのです。そんな普遍性にも感銘し、購入を決めました。これがフィルムカメラとの出合いです。
早速フィルム一本分を撮り切って現像所に持ち込み、数日後にプリントを受け取りました。気になったのは料金の高さです。35ミリ(36枚撮り)のネガフィルムは1本あたり1800円前後、現像とL判プリントで3000円ほどかかります。デジカメに慣れた感覚からすると、割高感は否めません。そのとき、「現像は自分でも可能なのではないか」と思ったのが、次のステップに進んだきっかけでした。
ユーチューブを検索すると、現像のノウハウを紹介した動画がありました。トイレに簡易の暗室をつくり、手探りでフィルムをリールに巻き取り、現像タンクに収める。現像液・停止液・定着液を入れて、水で洗ってフィルムを乾かす――。想像していたほど、難しくはありませんでした。
現像ができるようになると、プリントにも挑戦したくなりました。引き伸ばし機などの装置が必要になるのですが、こちらも中古市場で30〜40年前にお役御免になった機材が売られていました。フィルム写真は一度シャッターを押したら修正は利かないものと思い込んでいたのですが、現像やプリントの工程で光の加減やコントラストなどを調整し、自分ならではの表現ができることを知りました。気がつけば、私はデジタルでは味わえない写真の奥深さに、すっかり魅了されていたのです。
グーグルが見落とすニッチな要望に寄り添う
フィルムカメラの面白さは、結果が後から返ってくることにあります。一瞬の判断で設定した露出、絞り、シャッタースピードが狙いどおりだったかは、現像してみるまでわかりません。想像を超える出来栄えになることもあれば、期待外れのこともある。その都度、撮影時の状況を振り返り、どうすればもっとよい作品にできたのかを考えて、知識と経験を積んでいくのです。
マネジメントも同じです。私は経営者として日々指示を出しますが、その成否、つまりフィードバックが返ってくるまでには時間がかかります。だからこそ、わずかな「違和感」を察知する力が不可欠です。最近、街を歩くときにスマホを見なくなりました。というのも、カメラを手に、「なぜガードレールに靴が置かれているのか」「なぜこの隙間に自転車があるのか」といった日常の機微を観察しているからです。この「問いを立て、瞬時に本質を捉える」ストリート写真の反射神経は、不透明な経営環境で決断を下す訓練そのものです。組織も、顧客も、競合も、すべては観察による「気づき」から動き出すのです。
私たちの自動文字起こしAIサービス「Notta(ノッタ)」が目指すのは、単なる記録ではなく、溜まった「声」を資産に変えながら、ニッチな要望に寄り添うパートナーです。たとえば、あるお客様からは「議事録をつくるだけでなく、商談内容から特定の行政書式やエクセルを自動で埋めてほしい」という、AI時代への転換期だからこその「アナログな」要望をいただきます。こうした現場の切実な課題に気づき、寄り添うことこそが私たちの戦略です。
業界にはグーグルのような「巨人」が存在し、彼らは5年、10年先の未来を見据えています。しかし、私たちの勝機はそこにありません。巨人が見落とす、お客様の足元にある「今日の不便」や「アナログな制約」を、いかにAIでストレスなく解決できるか。現場に深く潜り込み、今この瞬間の課題をすくい上げる「現場主義」こそが、私たちの存在意義なのです。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年3月6日号)の一部を再編集したものです。
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