取引の修羅場も台湾茶で乗り越えた

澄んだ琥珀色の茶を小ぶりの茶杯へ注ぐと、湯気に混じって華やかな香りが鼻腔をくすぐります。背後では鉄瓶にお湯が沸き、茶師ちゃしが急須に注ぐ音が聞こえます。

帰国して約9カ月。台湾から持ち帰った茶葉が残り少なくなったので、日本橋室町の「王德傳」(ワンダーチュアン)に買いに来ました。台湾に本店があり、駐在中は日本から来たお客様がお土産を求めるときなどに、よくお連れしていました。

私のお気に入りは「蜜香みっこう紅茶」。台湾・三峡の青心柑仔種(チンシンカンツァイシュ)の若芽をウンカという虫がかじることで生まれる、蜂蜜の甘さと柑橘の明るさが重なったような香りがします。ひと口含むたびに、舌の上で柔らかく溶けていきます。

初めて台湾のお茶を知ったのは、2013年からの赴任がきっかけでした。商談先の老闆(ラオパン=社長のこと)が自ら茶器を運び、お湯を沸かし、お茶を淹れてくださることがありました。社長室に水道が引かれていて、その場で湯を沸かせるようになっているのです。難しい話題を切りだす場面でも、まずは香りのよい一杯が置かれ、雑談から静かに空気がほぐれていく。茶が取り持つ文化に触れた瞬間でした。

馴染みの茶店に通うようになり、いろいろなお茶を試飲させてもらううちに、品種や産地にも自然と詳しくなりました。「凍頂とうちょう烏龍茶」のどっしりした強さ、「阿里山ありしゃん烏龍茶」の澄んだ軽さ、「東方美人茶」のしっとりした甘み。香りの立ち方、何度かお湯を注ぎ煎を重ねたときの表情の変化、産地ごとに宿る物語。違いを知るほどに、選ぶことそのものが楽しみになりました。

お茶が介する商談も、和やかな場面ばかりではありません。値上げのお願いに伺ったとき、先方は特別な茶を出して茶葉のエピソードを話し、本題に入ろうとしません。なんとか交渉の余地を探ろうとしながら、お茶を何杯かいただくうちに、すっかり肩の力が抜けてしまい、先方に歩み寄ろうとしている自分に気がついたこともあります。

一方で、お茶に助けられた場面もあります。先方に取引を打ち切られそうになったとき、相手を前に無言のまま煎を重ねる時間が続きました。本来なら、その場で通告を受け入れて退席するしかなかったと思います。けれど、沈黙のあいだをお茶がつないでくれたことで、急いで結論を出さず、交渉をいったん持ち越すことができました。そして、次の機会には別の提案で、関係をつなぎ止めることができたのです。

現場の質を高め年商100億円へ

日本に戻ったいまは、土日に自宅で気ままなお茶を楽しんでいます。その日の気分で種類を選び、音楽や雑誌と一緒にゆっくり味わいます。2煎目、3煎目と変わっていく香りを追いかけながら、少しずつ心がほどけていく。社長業は忙しいものの、お茶のおかげで、ほっと息をつける時間だけは守られています。

私が化学系専門商社の長瀬産業で学んだのは「人と人のあいだに橋をかける」姿勢でした。メーカーと取引先のあいだで、双方の事情を聞き、歩み寄りの余地を探りながら信頼をつないでいく。数字の世界はシビアですが、それでも関係を積み上げていけば、必ず応えてくれる人がいます。営業成績が右肩上がりになっていった経験は、私にとってひとつの確信になりました。結局、ビジネスは信頼でできているのです。

化粧品・健康食品の事業に携わるようになり、その考え方はさらに深まりました。素材へのこだわり、研究開発から生産までの一貫したものづくり――どれも時間のかかる積み重ねですし、その価値はすぐには伝わりません。けれど、お客様や販売員の「声が届く距離」で仕事ができるのは、このビジネスの大きな魅力です。もともと私は現場が好きで、「宝は現場にある」という先輩の言葉を大切に、足繁くお客様のもとへ通い、仕事を重ねてきました。社長になり外に出る機会は減りましたが、できる限りお客様の声を聞くようにしています。

(構成=渡辺一朗 撮影=宇佐美雅浩)

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