経済成長は「技術革新の数と質の掛け算」である

2025年のノーベル経済学賞は、経済成長を「創造と破壊の連鎖(creative destruction)」として捉え直した3人の経済学者──フィリップ・アギヨン(仏)、ピーター・ホーウィット(加)、ジョエル・モキイア(蘭)──に授与された。

この受賞は、単なる理論の顕彰ではない。それは、成熟社会が停滞を脱し、再び成長を取り戻すための「知の再設計」に対する評価でもある。

アギヨン=ホーウィット理論の源流は、20世紀初頭の経済学者ヨーゼフ・シュンペーターの洞察にある。シュンペーターは「資本主義の本質は創造的破壊にある」と喝破した。つまり、資本主義とは、安定ではなく絶えざる変化と入れ替えの連鎖を本質とするシステムだという。しかし、シュンペーターの理論は直感的ではあったが、実証・政策設計には使いづらかった。彼が描いた「イノベーションが旧技術を駆逐するダイナミズム」を、定量的・政策的に操作可能な形に翻訳したのが、アギヨンとホーウィットである。二人は1992年の論文「A Model of Growth Through CreativeDestruction」(Econometrica, 60(2) 掲載)で、資本主義の動態を数式で描いた。その核心は次の式である。

成長率g=λ×lnf()(1+γ)g=λ×\ln(1+γ)g=λ×ln(1+γ)

ここで、

・λ(ラームダ)=革新頻度:どれだけ頻繁に新しい技術・企業が生まれるか
・γ(ガンマ)=改良幅:一回の革新でどれだけ生産性が向上するか

この式は、経済成長を「技術革新の数と質の掛け算」として定義したものである。すなわち、成長とは、創造(innovation)が破壊(淘汰)を生み、淘汰がまた次の創造を呼ぶ「動的均衡」である。このモデルにより、アギヨンらは「経済成長は外生的(天から降ってくるもの)ではなく、社会の構造と制度によって内側から生み出せる」ことを明示した。言い換えれば、国家は“成長の設計者”になれるという革命的発想である。

アギヨン=ホーウィットモデルは、経済を4段階で説明する(上図)。この4段階が循環し続けるとき、経済は停滞せず進化する。逆にいずれかの歯車が止まると、成長も止まる。日本の長期停滞はまさに、創造の少なさ、破壊の遅れ、成長の浅さ、制度の硬直という4つの歯車が同時に摩耗している結果である。アギヨン=ホーウィットの最大のメッセージは、「成長は自動的には続かない」という冷徹な事実だ。かつての日本のように「技術があれば自然に成長する」という時代は終わった。いま必要なのは、創造・破壊・成長・制度の4段階を“設計可能な連鎖”として運用する力である。日本が賃金上昇を持続させるためにすべきことも、この連鎖を社会全体に再構築することにほかならない。

アギヨン=ホーウィット理論は、単なる経済モデルではない。それは「進化を恐れず、痛みを設計する社会哲学」である。創造がなければ活力が失われ、破壊がなければ創造は生まれない。成長はこの2つの緊張の中からしか立ち上がらない。創造的破壊とは、壊すことではなく、再び生き直す力である。

この思想こそ、人口減少・高齢化・長期停滞という三重苦に直面する日本に必要な“現代の生存戦略”である。