「身体を持つAI」の時代が始まる
2025年1月、米国ラスベガスで開催された世界最大のテクノロジー見本市・CES2025で、NVIDIA(エヌビディア)は「Physical AI」(フィジカルAI)という言葉を世界に投げかけた。ジェンスン・フアンCEOは「50兆ドル(約7400兆円)規模の産業を変革する」と宣言し、生成AIの次に来る地殻変動を高らかに示した。
ここでいうフィジカルAIとは、簡単に言えば「AIが物理世界にやって来た」ということである。これまでの生成AIはテキストや画像といった情報空間にとどまっていた。しかしフィジカルAIは、ロボットや自律システムを通じて現実世界を理解し、考え、そして実際に動くAIを意味する。倉庫で荷物を運び、薬局で接客し、手術室で医師を支援する――そうした「身体を持つAI」の時代が始まりつつあるのだ。
この進化の背景には、生成AIの成功と限界がある。チャットGPTに象徴される生成AIは、知識や言語といった「情報空間」に革命を起こした。しかし、現実の物理世界に触れる力は持たなかった。社会が次に求めるのは、情報だけではなく「世界に働きかける知能」である。見て、考えて、動くことのできる知能。ここにこそ生成AIの次のフロンティアがある。
エヌビディアがCES2025で提示したフィジカルAIは、この問いに対する明確な答えであった。9月の現在、その答えが想像を超えるスピードで社会に浸透し始めている。生成AIが「知識の秩序」を書き換えたとすれば、フィジカルAIは「物理世界の秩序」を再構築する。つまり我々は今、産業革命を超える文明転換の入り口に立っているのかもしれないのである。
エヌビディアを率いるフアンCEOの経営思想は、シリコンバレーでも特異な存在である。彼は従来型のKPI(重要業績評価指標)や中期計画に依存せず、「未来を切り拓く正しい問い」を経営に埋め込むことで、エヌビディアをGPUメーカーからAI時代のインフラ企業へと進化させてきた。
その基盤にはいくつかの独自哲学がある。こうした思想を凝縮すると、「フアン思考」は次の3つの問いかけに要約できる。
① 未来の兆候はどこにあるか?
② 技術・組織・時間、あらゆる分断を超えて、エヌビディアをひとつのシステムとして再設計できているか?
③ その判断は未来を切り拓くほどのインパクトを持つか?
この「フアン思考の3つの問いかけ」を当てはめてみると、今エヌビディアが全社を挙げて取り組むフィジカルAIの挑戦が、単なる製品戦略ではなく、次の産業秩序を狙う「文明的挑戦」であることが理解できる。
実際、エヌビディアは自社でロボットの「身体」そのものではなく、ロボットに知能を与える頭脳(センサーおよびAIコンピューティング)に注力する戦略を採っている。その一方で、ロボット開発を行う有望スタートアップ企業に積極的に出資し、テクノロジーと市場の両面で提携を結ぶことで、ロボットの身体と頭脳を融合するエコシステムを築いている。
言い換えれば、エヌビディアは自らがプラットフォーム(ロボットの頭脳)を握りつつ、パートナーシップを通じてロボティクス全体を支配する布石を打っているのだ。
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