リスク最小化に「分析的」な発想
2001年のある日、部下の弁明を聞いて、悲しい表情が浮かんだ。債券投資で、あるところまで含み損が膨らんだら、打ち切って損を出そうと決めていたのに、その水準に達しても部下が様子をみてしまった。
決めたことは、愚直に、そうやらなくてはいけない。たとえ1日待った結果、得をしたとしても、いけない。損を出すのは誰でも嫌だから、投資を手じまいして損失額を確定する「損切り」は、たしかに難しい。でも、経験では、傷んでしまった投資は打ち切って、よりチャンスのある別のリスクを取ったほうが、勝ち目がある。だが、ディーラーの世界では、それが、なかなかできない。
部下が手じまいを見送ってしまった日、取引が終わって報告を受け、「まだ取引を閉じていないのか」と叱った。47歳のときだった。
前年4月に、さくら銀行(旧・太陽神戸三井銀行)の財務部長になった。国債などの売買をしながら、円の資金繰りを行う部署で、部長はリスク総量の管理責任者。「売る」か「買う」か、常に決めなければいけない立場で、最初のころはディーリングルームで陣頭指揮を試みた。ディーラーの経験はなく、まさに未知の世界だ。24時間、森羅万象を追いかけているようで、やはり、1人ではこなしきれない。経験が豊富で優秀な部下がたくさんいるはずだと思い直し、のびのびやってもらうため、できるだけ任せることにする。
任せはするが、ルールは守らなくてはいけない。01年4月、さくらが住友銀行と合併して三井住友銀行となり、部の名前は市場資金部に変わったが、同じ仕事が続く。市場とリスクに向き合いながら、部下たちにそう説く日が、10年を超える。