さくら時代は、けっこうリスクを取った。銀行にはまだ公的資金が入っていて、早く返済しなければいけない。それには、力を出し切って、収益を上げなければならない。一方で、日本銀行が「ゼロ金利政策」を2000年8月に解除し、市場金利は緩やかながら上昇して、債券相場は軟調となっていた。だが、様々なデータから、景気はまだまだよくならず、金利はまた下がる、と確信する。2つの要素を重ね、積極的に動く。銀行界で「最も攻撃的」とされた住友の部隊も、驚くほどだった。
40代終わりの2003年6月、執行役員となり、市場営業統括部長も兼務した。円の資金繰りだけでなく、外貨の資金繰り、外国為替の3グループを率いて、市場営業部門の収益最大化を目指す。だが、金利は低水準のまま動かず、債券取引は低調な時期だった。そこで、株式のインデックス投資を考える。
デフレが長期化し、金利が上昇する可能性は小さいから、国債を持っていればいいのだが、競争相手がみんな同じ動きを続けるなら、数手先を読んだ別の選択もしたい。リスクを増やさないため、債券と逆向きに相関関係がある株式を選ぶ。もしインフレ傾向になって債券価格が下落しても、株価は上がる。普通に考えればわかることで、勝算はあった。
だが、部下のディーラーたちは、株式と言われても、融資先の株式を持つ「政策投資」か不良債権の処理などで融資を出資へ切り替える「株式化」しか、頭に浮かばない。自分はみんなと違った経歴を持ち、途中からディーリングの世界へ入ったせいで、醒めているというか、すべてを分析的にみていた。だから、そんな発想も出たのだろう。5、6人のチームをつくって、やらせた。株式のインデックスだけでなく、ヘッジファンドや原油先物などへの投資も扱って、いい成績が出た。
「見可而進、知難而退也」(可を見て進み、難を知っては退く也)――勝つ条件が整っていれば進軍するが、難しいと悟れば退却するとの意味で、中国・戦国時代の兵法書『呉子』にある言葉だ。「うまくいけば」などという勝算が立っていない行動は決してとらず、必要なら損切りもするし、確信があれば積極的に出ていく宮田流は、この教えと重なる。