日本酒ビギナー編の最終回。
40代、50代のベテラン社員の中には、業務で関わる20代の若手社員とのコミュニケーションの取り方に悩まれている方も多いのではないでしょうか。部署内で同じ目標に向かって働くチームの一員として交流を深めるために、仕事帰りに若手と一杯飲みに行くのに使えるお店の選び方を教えます。あわせて、若手社員が関心を持ってくれるに違いない日本酒のストーリーもご紹介しましょう。

「古臭い」イメージを吹き飛ばす日本酒専門バー

日々の頑張りをねぎらい、同じ部署の20代の若手社員たちと仕事帰りにちょっと一杯。若手世代は飲み会を敬遠しがちと言われていますが、その場が楽しく、刺激の得られる場であれば、喜んで参加してくれるのではないでしょうか。その際に注意したいのが、同世代との飲み会と同じ感覚でアレンジしてしまうこと。若手はギャップを感じて気持ちが冷めてしまうかもしれません。そこでおすすめしたいのが、日本酒専門バーでの「ちょっと一杯」。

お店によっては常時50種類近い銘柄を揃え、旬替わりの限定品やPBブランドにも出会える、幅広い年代に馴染みやすいコンセプトの日本酒専門バーが増えています。「日本酒なんて古臭い」という印象を持っている若手社員でも、お店の雰囲気が明るくおしゃれで、色とりどりのラベルを張った日本酒たちがずらりと並ぶ様子を見れば、楽しんでくれるに違いありません。

好きなお酒をそれぞれ注文するのもありですが、20代のエネルギー溢れる若者たちと飲みかわしたら必ず盛り上がる3つの日本酒のブランドをご紹介します。日本酒リストを眺めてみて、この3つの銘柄が運よく目に入ったら、迷わずに頼んでください。

若手蔵元たちの“酒蔵ユニット”ドラマ「NEXT5」「DATE SEVEN」

歴史を重んじるイメージのある日本酒業界ですが、現在、業界の新時代を担う若手たちが起こすムーブメントが非常に注目されています。それが、“酒蔵ユニット”と呼ばれる画期的なプロジェクトです。若い蔵元たちが酒蔵の垣根を越えてチームを結成し、お互いの技術向上を目指して日本酒作品に昇華させたチャレンジングなストーリーを聞けば、若手の士気も上がることでしょう。

はじめに紹介したいのが、酒蔵ユニットの“ファーストペンギン”である秋田の「NEXT5(ネクストファイブ)」。「白瀑しらたき」の山本友文さん、「ゆきの美人」の小林忠彦さん、「春霞」の栗林直章さん、「一白水成いっぱくすいせい」の渡邉康衛さん、「新政」佐藤祐輔さんの若手蔵元5名が集結し、技術交流や共同醸造を通して秋田酒に進化を起こそうと2010年に立ち上げたプロジェクトです。

ユニット結成は、日本酒界ではちょっとした事件でした。蔵元間で酒造技術を積極的に共有しようとする取り組みは、今でこそ珍しくなくなりましたが、かつての保守的な清酒業界では前代未聞のこと。蔵仕事は杜氏の背中を見ながら覚え、技術を外に漏らすなどもってのほか。ましてや蔵元がよその酒蔵の中に入り、一緒に酒造りをする姿など誰も想像できないことだったのです。

「NEXT5」が実現した背景には、各々が蔵の経営者と醸造技術者を兼ねる“オーナー杜氏”であり、日々の造りの中で情報公開やシェアの必要性を感じていたことがありました。初年度から始まった共同の酒造りでは、毎回テーマと製造場所の酒蔵を決め、ほぼ年1回ペースで「NEXT5」ブランドの新作をリリース。麹、酒母、米、仕込水、もろみの原料や製造工程をメンバーがリレー方式で分担するという、ユニークなチーム体制も話題になりました。

勢いも実力も知名度もある若手注目蔵のプロデュース作品とあって、デビュー作から日本酒好きの熱い視線を浴びました。その後も、世界的なパティシエと組んだスイーツとのコラボ、人気DJやアーティストや建築家、さらには漫画作品とのコラボなどの話題作を繰り出し、日本酒に関心の薄かった若い飲み手のファンも増やしました。最新作の「NEXT5 Colors 2022」では、秋田県産の酒米「改良信交」を統一テーマに各蔵が創造性を発揮して醸した5タイプの酒を、5カ月間にわたって順次リリースする新しい試みも行われています。

酒名:NEXT5 Colors 2022「ゆきの美人」 構成酒蔵: 「新政」新政酒造 「白瀑」山本酒造店 「ゆきの美人」秋田醸造 「春霞」栗林酒造店 「一白水成」福禄寿酒造 価格:720ml/3800円(税込)

NEXT5」の成功に刺激され、東北他県でも新しい酒蔵ユニットの誕生が続きます。

宮城県では県内7蔵によるユニット「DATE SEVEN(伊達セブン)」が発足。「勝山」「墨廼江すみのえ」「伯楽星」「山和」「萩の鶴」「浦霞」「黄金澤こがねさわ」の顔ぶれからわかるとおり、若手とベテランの実力蔵がメンバーに集い、2015年から共同醸造酒の取り組みをスタートしています。毎年リーダー蔵が持ち回り制で替わり、7蔵が精米、洗米、麹、酒母、醪、搾り、全体統括の7工程を分担して完成させるルール。出来上がった酒は「DATE SEVEN」のユニット名にちなみ、毎年7月7日の七夕に発表されます。

酒名:DATE SEVEN SEASON II episode1 「黄金澤 style」 構成酒蔵: 「浦霞」佐浦(2022年から) 「勝山」仙台伊澤家 勝山酒造 「墨廼江」墨廼江酒造 「伯楽星」新澤醸造店 「山和」山和酒造店 「萩の鶴」萩野酒造 「黄金澤」川敬商店 価格:720ml/2970円(税込)

ゆるキャラのラベルデザインが会話を弾ませる「山川光男」

2016年に山形県で始動した酒蔵ユニットは、「山川光男」という何ともユニークなネーミング。こちらも「山形正宗」「楯野川」「東光」「羽陽男山」の若手4蔵元によるプロジェクトです。それぞれの代表銘柄から1文字ずつを取り、合体させてブランド名に。各蔵が交代で発売元となり、同じテーマを共有しながら年4回ペースで共同醸造酒を仕込み、すでに26作をリリース済みです。

実は、山形県は昔から酒造技術向上を目的とする蔵元間交流が盛んなことで知られ、チームシップの強さと絆の深さは他県の同業者から羨ましがられるほど。そんな大らかさを反映してか、「山川光男」のロゴもタイトルもいたってほのぼのムード。頭に一升瓶を載せたおじさんのゆるキャラも設定されていて、ボトルのラベル絵には毎回違ったシーンで「山川光男」さんが登場します。田んぼの中で稲を手に踊っていたり、居酒屋で俳句をひねっていたり、山形名物の芋煮をつくっていたり。妄想を呼ぶユーモラスなストーリー仕立てで、背景を想像しながら飲めば、会話もいっそう盛り上がりそう。

酒名:山川光男 2022 ふゆ 構成酒蔵: 「山形正宗」水戸部酒造 「楯野川」楯の川酒造 「東光」小嶋総本店 「羽陽男山」男山酒造 価格:1870円(税込)

日本酒の王道をいくスタンダードな味わいが中心ですが、ワインの発酵技術“マロラクティック発酵”を取り入れたり、豚牛羊鶏の肉別にペアリングを想定した酒質を工夫したり、純米大吟醸酒を使った四段仕込みの低アル原酒で攻めたりと、アプローチも多種多彩。直球と変化球を交えたメリハリのある配球で飽きさせません。

蔵元たちの熱いエピソードを語れば、若手社員もやる気が出る

それぞれに特徴のある3県の酒蔵ユニットですが、共通しているのは液体のおいしさの追求にとどまらないテーマ性があり、新しい日本酒文化の担い手としての表現が意識されていること。既存の酒蔵では難しい冒険を試み、トライアル&エラーで表現力を高めながら、日本酒全体を盛り上げようと奮闘するチャレンジ魂に、思わず飲み手のマインドも刺激されます。攻め手を緩めず、かつ、とことん楽しんでプロダクト造りに挑戦する視点は、若手社員を感動させ、仕事のモチベーションも高めてくれること間違いなしでしょう。

(撮影=小西範和)