日本酒ビギナー編の3回目。
取引先との定例の会食。いつも同じようなお店やお酒を選んでいては、マンネリ化して飽きられてしまいます。いつもと違った一面をアピールするのに、トレンドの日本酒で乾杯するのが効果的です。接待の席にすぐに活かせる、日本酒の“今”を体現する銘柄と味の傾向をお伝えします。

会食で差をつけたいなら「酸味のある日本酒」

日頃おつきあいのある取引先との会食。関係を築いてからある程度の時間が経ち、気心が知れていたとしても、常に同じようなお酒やお店で交流をしているのでは、いずれ新鮮味がなくなり、関係もマンネリ化してしまうかもしれません。流行りのお店を予約して行くのもいいですが、客層が若者ばかりだと場違い感が出てしまいます。それならば、性別も年齢も関係なく楽しめる日本酒で、トレンド性を打ち出してみてはいかがでしょうか? 時流を捉えた日本酒選びでマーケティングに強い一面をアピールすることもできるかもしれません。

近年、日本酒好きから支持を集める旬な味わいといえば、「インパクトのある酸」です。昭和時代に起こった“辛口の酒”や“地酒”ブーム、“吟醸酒”や“淡麗辛口”人気、平成の“無濾過生原酒”、山廃やまはい生酛きもとが主役の“純米燗酒”の流行などを経て、令和の現在は「酸のある日本酒」がトレンドを牽引しているのです。この傾向は10年ほど前から始まっていますが、おそらくこの先も“酸”ブームは続くでしょう。

“酸”と一口に言っても、いろいろな表情があります。日本酒に含まれる酸には「乳酸」「コハク酸」「リンゴ酸」「クエン酸」の4タイプがありますが、昨今のトレンドとして取り上げられることが多いのは、伝統的な日本酒には少ない「リンゴ酸」や「クエン酸」系の酸の特徴をもつお酒。もともと、日本酒にとって腐造をイメージさせる酸の味は天敵であり、生酛や山廃の酒に多い乳酸系はともかく、果物のような酸っぱさの酒は失敗と見なされるのが普通だったのです。それが、平成から令和の時代になり、日本酒とイタリアンやフレンチなどとのペアリングが認知され、広まるにつれて、用の料理と相性のよい“酸”をポジティブに捉える流れが生まれました。

ワイン好きにもファンが多いトレンド酒「新政 亜麻猫」

酸のある日本酒を語るうえで、外せないのが秋田県の「新政あらまさ」です。醸造元の新政酒造は、「きょうかい6号」酵母発祥の老舗蔵にして、八代目蔵元・佐藤祐輔さんによる革新的な酒造りで注目を集めてきました。6号酵母のみ使用、秋田県産の米のみを使った酒造り、全量純米か、木桶の導入、自社の田んぼでの無農薬栽培による米作りなど、「新政」のチャレンジと革新性は枚挙にいとまがありませんが、“酸”の表現においても、先駆けとしてのリーダーシップを発揮。2000年代初めには白麹仕込みの日本酒「新政 亜麻猫」を世に出し、日本酒界をあっと驚かせました。

銘柄名:新政 亜麻猫 酒蔵名:新政酒造(秋田県秋田市) 価格:720ml/1798円(税込) 一言コメント:日本酒離れした酸の個性が全開

もともとは白麹の抗菌力に注目し、人工乳酸を加えずに生酛や山廃の酒が造れないかと試みたチャレンジだったものの、その人懐こく、振り切った甘酸っぱさの虜になる人が続出。日本酒より白ワインに近い酸の存在感があり、一方で米麹の発酵由来のふくよかな甘味もたっぷり。焼き魚や鍋物のようなシンプルな仕立ての和食に申し分なく、オリーブオイル仕立てのカルパッチョや夏野菜のラタトュィユなど、地中海風の一皿にも難なくなじむ懐の深さもあり。ワイン好きにも驚くほどファンの多いのが、この1本です。「新政 亜麻猫」の登場以降、全国の蔵元がこぞって白麹を使い始め、それまでの日本酒にはなかった酸の新しい潮流が生まれていったのでした。

“わかっている感”を出すなら「若波 TYPE-FY2」を選べ

さらにもう1本、「流行りの“酸”の味わいの傾向とはどのようなものなのか」を知ることができる日本酒をご紹介します。それが、福岡県・若波酒造の「若波TYPE-FY2」。一般的な清酒酵母の2~3倍のリンゴ酸を生成する「ふくおか夢酵母2号」を使うことで生まれる、みずみずしく若々しい酸のインパクトが持ち味。すっきりと軽やかな飲み心地とまろやかな旨味を備え、「味の押し波、余韻の引き波」という蔵のテーマを体現するメリハリも感じさせます。

銘柄名若波 純米吟醸 TYPE-FY2 酒蔵名:若波酒造(福岡県大川市) 価格:720ml/2200円(税込) 一言コメント:ドライにスカッと切れる爽快な飲み心地

酒蔵である若波酒造は、日本酒では比較的新しい大正11年の創業。「若波」ブランドのブレイクのきっかけをつくったのは、蔵元の次女で20代の若さで八代目杜氏に就任し、九州初の女性杜氏としても話題を呼んだ今村友香さん(現在は製造統括)。2010年には、四代目蔵元の弟さんを含む若手5人の蔵人で“チーム若波”を立ち上げ、新しい酒造りを始動。フレッシュでやさしい味わいとキレのよさ、洗練されたラベルデザインが注目を集め、一躍全国区の人気ブランドになりました。

「若波 TYPE-FY2」も麹の一部に白麹を使っている点が特徴的です。白麹は、本来は焼酎に使用するもの。多くの日本酒に使われている黄麹よりもクエン酸を多く出すため、柑橘系の爽やかな香りやシャープな酸の輪郭がはっきり立ってくる傾向があります。

席で披露すれば一目置かれる日本酒トリビア

日本酒と聞くと、トラディショナルなイメージを持ち、“トレンド”の響きは似合わないように感じる方もいるかもしれません。たしかに、日本酒の起源は縄文時代から始まり、日本の“國酒”ともいわれるほど長い歴史を持つ飲み物です。しかし、歴史を紐解いてみると、保守的に見える日本酒には、その時代によって流行が常に生まれています。ビジネストークの小ネタに使えそうな一例をご紹介します。

江戸時代中期、大衆的な飲み物として人気を博していた日本酒。盛んにもてはやされたのは「下り酒」と呼ばれた、兵庫県の伊丹や灘の酒。当時、江戸周辺では麹に玄米を使う濁り酒が主流でしたが、上方では精白した米で醸す“諸白もろはく”をさらに進化させ、今の清酒に近い三段仕込みと濾過の技術を取り入れた“澄み酒”の醸造法が確立していました。特に、伊丹商人によって江戸に運ばれる下り酒は“天下の銘酒”とうたわれ、廻船で波に揺られて熟成が進むことで、ますます旨味とコクを増すと評判に。その洗練された味わいが、新しいもの好きの江戸っ子を夢中にさせたと伝えられます。

ちなみに“澄み酒”の誕生も、伊丹の酒蔵で江戸初期に起きた事件がきっかけ。金を使い込んだ使用人が蔵を追い出された腹いせに仕込み桶に灰を入れて逃げたところ、お酒が澄んでまろやかに変身。この顛末から、活性炭素を使用する濾過の工程が清酒造りに加わることに。蔵にとっては、まさに怪我の功名だったことでしょう。

ビジネスでも思わぬことがきっかけで物事が好転することがありますよね。そんな出来事を振り返りながら、「新政」や「若波」で乾杯してみてはいかがでしょう。

(撮影=小西範和)