寺院に生まれ育った私が神社仏閣巡りで大切にすること
薄明かりの中、上手から堂内を見下ろす不動明王。外界の喧騒は遠のき、私は張り詰めた静寂の中に身を置きました。
成田山深川不動堂。法螺貝の悠遠な響きに導かれ、僧侶の方々が参進されます。護摩壇から立ち上った炎が、読経とともにみるみる大きくなっていく。猛々しい熱が体の内まで浸透してくるようです。燃え盛る炎はこの世の煩悩を焼き尽くす、智慧の光そのものなのかもしれません。
「のうまく さんまんだ ばざらだんせんだまかろしゃだ そわたや うんたらたかんまん」
真言の力強い読経が堂内を満たしていきます。体の奥にまで響き渡る4張の和太鼓は、魂を揺さぶる迫力。その中に、拍子木の乾いた律動的な音が加わります。この世俗の世界と、不動明王がおられる世界とが繋がったかのよう。私は手を合わせ、無心で護摩の火を見つめていました――。
私は静岡県にある寺院に生まれ育ちました。特別な修行や作務をしていたわけではありませんが、住職だった父からは「同じ瞬間は二度と来ないのだから、今を大切に過ごしなさい」という「諸行無常」の教えを受けて、今も大切に心に留めています。
休日に夫婦で神社仏閣を巡るようになったのは、夫の影響です。2年ほど前、王子(東京都北区)に出かけた際、近くの神社に立ち寄りました。敷地内には「髪」を祀った珍しい神社があり、当時ヘアケアの事業を担当していた私にとって、どこか縁を感じる場所でした。日々の業務に悩みはつきものですが、神社を前にして心がすっと落ち着くのを感じました。改めて日々の生活や仕事に感謝する機会にもなり、そんな「場」を持つことの大切さを実感しました。
私はこれまで、実家で「迎える側」としてお客様に接してきました。しかし、自分が「参拝する側」になってはじめて、参拝者が人生の節目や困難な局面で、心のよりどころを求めて神社仏閣に来られていることに気づいたのです。
境内の砂利の敷き方ひとつとっても、手間をかけて美しく整えられているところもあれば、自然を大切にするところもある。管理されている方の哲学やおもてなしの精神が表れており、参拝のたびに見入ってしまいます。深川不動堂は自宅からも会社からも近く、たびたび訪れています。外壁一面に梵字を描いた本堂の強烈な印象、バリアフリーの配慮、写経スペースなど、参拝者への細やかなおもてなしの心を感じます。
研究部門出身の社長として現場と市場を繋ぐ
私は神仏に向き合って、自分の願望を唱えはしません。畏れ多いことですし、やはり自身の努力が大切だと思うからです。その代わりに心の中で、感謝の気持ちを伝えます。今の平穏への感謝、努力している人たちへの応援、そして平和の継続への祈り。
感謝の気持ちを持つと、不安や悩みが小さく見えます。感謝することは自分を整えるための行いなのかもしれません。
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