せっかちだからこそ酒や食品を熟成させる

小ぶりなオーク樽にウイスキーを静かに注ぎます。琥珀色の液体がロートを伝って流れ込むときにふわりと漂う豊かな香りに、思わず頬が緩みます。昨夜は、餃子の皮にチーズとジャコ、ネギを散らしてフライパンで焼いたピザ風のつまみで、ハイボールを5~6杯楽しみました。いま注いでいるのは、その分の補充です。

この樽に入れて3週間ほど熟成させると、手ごろな価格のウイスキーが、まるで高級ウイスキーのような香りと味わいに変わります。変化は銘柄によって異なりますが、たとえば「ジョニーウォーカー〈赤〉」は、スパイシーな味わいから刺々とげとげしさが取れて、甘みが引き立ちます。サントリーの「角瓶」は、もともと平均的で癖のない味わいですが、まろやかで芳醇な風味に変わります。

熟成の楽しみ方を知ったのは、半年ほど前のこと。偶然立ち寄ったバーでカウンターの奥に小さな木樽がいくつも並んでいる光景を見て、興味を持ちました。バーテンダーに飲み比べを勧められ味わってみたところ、想像以上の違いに驚き、自分でも試してみたいと思うようになったのです。

私は、時間をかけて酒や食品の味わいが変化していく様を楽しむのが好きです。毎年1~3月には味噌を仕込みますし、冷蔵庫ではキウイ酵素をつくって、毎朝ヨーグルトにかけて食べています。

ずいぶんと気長な性格と思われるかもしれませんが、本来の私はせっかちで面倒くさがり屋です。かつてはカップラーメンの3分すら待てず、1分少々で食べ始めるほどでした。自分が「変わってきたな」と感じるのは、この10年ほどです。いま振り返ると「あの出来事がきっかけだったのかもしれない」と、思うことがあります。

当時、私は米国と日本の大手電機会社が出資するジョイントベンチャーで、社長に就任しました。初めての社長ポストということもあり「とにかく早く結果を出さなければ」との焦りから、現場に細かく介入し、強いプレッシャーをかけていました。

その結果、売り上げを3倍近くに伸ばして業績を回復させ、ミッションを果たすことができました。しかし、社長退任の挨拶に工場を訪れた私を門のところで見送ってくれたのは、約500人いる従業員のうちわずか5人だけでした。上から命じられた数字は達成できたものの、私は組織を疲弊させ、力を尽くしてくれた人たちに報いることができなかったのだと痛感しました。

自宅で味噌をつくり始めたのは、その頃です。意識していたわけではありませんが、本来の性向とは真逆の趣味ですから、自分自身もどこかで変わりたいと思っていたのかもしれません。

味噌は、いったん仕込んだら、糀こうじの力を信じて完成を待つしかありません。1年ほどかけて出来上がりますが、その年の温度や湿度の違いによって味や香りが変わり、思いがけない仕上がりに自然の力の奥深さを感じます。

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(構成=渡辺一朗 撮影=宇佐美雅浩)

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