※本稿は、出口治明『誰も行ったことのない場所へ行こう。そして誰もやらなかったことをやろう。』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
「怠慢」で人間関係はおかしくなる
個人と個人の話にとどまりません。歴史を振り返っても、情報共有の失敗による失策があります。
ビジネス上のつきあいであれ、家族や友人同士であれ、人と人の関係は不安定なものです。多くの関係にはやがて「別れ」が訪れますが、出会ってから別れるまでのあいだにも、さまざまな形で関係は揺れ動きます。
あなたにも、身近な人とのあいだに気まずい空気が流れたり、ちょっとしたことで感情的に対立して、お互いに不愉快な思いをした経験があるでしょう。その原因は何だと思いますか?
一方が「相手を困らせてやろう」という悪意を抱いているケースもあるとは思います。利害が激しく対立すれば、人間は相手の気持ちを傷つけることも厭い といません。相手の足をすくうようなことも平気でやるでしょう。
でも、そこまで明確な悪意を持った時点で、その人間関係はすでに破綻しているともいえるでしょう。問題は、お互いに悪意はなく、相手との関係を壊すつもりもないのに、不穏な空気が生まれて人間関係がギクシャクするケースです。
そうなる原因は、人と人が何でつながっているかを考えればわかるでしょう。人間同士の結びつきでもっとも大切なのは、いうまでもなくコミュニケーションです。したがって、人間関係をおかしくする最大の要因もコミュニケーションの失敗にほかなりません。
「世の中のいざこざの因になるのは、奸策や悪意よりも、むしろ誤解や怠慢だね」(竹山道雄訳、岩波文庫)
これは、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』の中で、主人公のウェルテルが友人に送った手紙に書いた言葉です。
ウェルテルの母親と親戚の叔母の関係がおかしくなり、母親は叔母のことを悪しざまにいうのですが、彼が見るかぎり、叔母はそんなに悪い人ではない。いざこざを生んでいるのは悪意ではなく、誤解や怠慢だというわけです。
ここでいう「誤解」がコミュニケーションの問題であるのは誰でもわかるでしょう。では「怠慢」とは何かといえば、こちらもコミュニケーションの話です。
コミュニケーションのズレや行き違いが「誤解」なら、「怠慢」はコミュニケーションの欠如。つまり、伝えるべきことを伝えないがために人間関係がおかしくなるということです。

