都心からかなり離れても家賃が安くならないワケ

地方出身者や外国人が初めて東京を訪れて驚くのは満員電車、そして渋谷や新宿の巨大商業エリアである。

かつて私が上京した際に驚いたのは、それに加えて「都心と郊外の格差の小ささ」だった。東京都心部は、海外の主要な大都市の中心部と比べて高層ビルや高層マンションの割合が低く、木造2階建てが多い。外国人観光客は、港区や新宿区の2階建ての木造商店街と高層ビルのコントラストを好んで写真に撮る。珍しいからである。一方で放射状に郊外に延びる鉄道に乗ると、かなり都心から離れた駅にも高層マンションがある。町田や国分寺、所沢や大宮には大規模なマンションが並ぶ。

都心と郊外で家賃の格差も小さい。文京区や世田谷区のワンルームマンションには7万円から8万円で住める。

一方、大宮や町田でも同じような部屋の家賃が5万円から6万円程度。売買市場では、2000年代初頭まで文京区、世田谷区、江東区の新築ファミリー向けマンションが5000万円程度だったのに対し、柏、浦和、所沢などでの価格は4000万円程度。距離のわりに価格差が小さすぎることに、私はずっと疑問を抱いていた。

海外の大都市においては、「世田谷区と柏」の距離に相当する都心と郊外では不動産価格に2倍程度の差がつくはずだ。ニューヨークやロンドンとくらべて、東京圏は「薄く、広く、平等」である。2024年、東京都23区では新築マンションの平均購入価格がようやく1億円を超えたが、ニューヨークのマンハッタンではとっくに2億円を超えている。なぜこんなことになってしまったのか。その答えが「無料の通勤定期」だった。

タダで電車に乗れる国の異常な都市構造

福利厚生が充実している優良企業の会社員にとって、これまで通勤定期代の支給は当然のものだった。(※1)会社員にとって無料の通勤定期のコストは誰が負担しているのだろうか。

そもそも通勤定期は通常運賃から約半額を割引されている。本来、鉄道は設備産業なので朝夕の特定の時間帯に集中する通勤客にはピーク割増運賃を課すのが合理的である。しかし、現実には逆に大幅な値引きをしている。この不合理な値引きによる鉄道会社の負担は大きい。そして、鉄道会社の法人税の減少を通じて政府財政も一部を負担している。

半額の通勤定期を会社員が購入すると、勤務先の企業から通勤手当が給料に上乗せされる。企業側はこれを人件費として経費計上するので企業の利益と法人税が減少する。ところが通勤手当をもらう社員側では通勤手当を給与所得には算入しない(※2)ので無税、つまり負担ゼロである。

このように「無料の通勤定期」のために、鉄道会社、勤務先企業、政府財政の三者が毎年数兆円を負担してきた。

通勤定期が無料だと、会社員はより遠方に居住するほうがお得になる。通勤経路ならタダで好きなだけ電車に乗れるのだから、都心ではなく郊外を選べば、広くて快適な家により安いコストで居住できる。本来ならそのメリットは高い電車代で相殺されるはずなのだが、通勤定期が無料であるため、より遠方に住むことが有利になる。「通勤定期がタダなので、ワザと遠くに住む」のです。