バイデン撤退とハリス擁立で大統領選の風向きが一変

米民主党の大統領選挙候補者を指名するオンライン投票が8月1〜5日に行われて、唯一の立候補者であるカマラ・ハリス副大統領が選出された。ハリスが正式に民主党候補となり、大統領選の行方が見えてきた。11月5日予定の大統領選で、ハリスが共和党候補のドナルド・トランプ前大統領を破り、史上初の黒人・アジア系女性大統領が誕生するだろう。

民主党大統領候補のカマラ・ハリス副大統領。
民主党大統領候補のカマラ・ハリス副大統領。

毎回お祭り騒ぎになる米大統領選だが、今回は盛り上がりに欠けていた。米国民にとって、共和党候補のトランプと民主党候補のジョー・バイデン現大統領が争う構図は悪夢そのもの。トランプは4つの刑事事件で起訴され、うち1件ではすでに1審で有罪評決を受けている。一方のバイデンは衰えを感じさせる場面が多く、できればどちらも選びたくないというのが国民の本音で、盛り上がらないのも無理はない。

ようやく熱気を帯びてきたのは、7月13日、ペンシルベニア州で演説中のトランプが銃撃を受けてからだ。犯人が放った数発のうち、一発がトランプの右耳をかすめた。数センチずれていたら、トランプは今頃棺桶の中だ。

命拾いしたトランプは、シークレットサービスに守られながら会場を去る際に右の拳を突き上げた。偶然だが、背景には星条旗がなびいている。その決定的瞬間をおさめた写真は、第二次世界大戦の硫黄島の戦いで米軍が山頂に星条旗を立てた有名な写真を彷彿させる。実に勇ましく、トランプ支持に消極的な層をも惹きつけた。

ところが、熱狂は1週間しか続かなかった。敗北が見えた民主党内でバイデンおろしの動きが強くなり、バイデンは自身の撤退と、新たな大統領候補としてハリスを支持することを表明した。極めて異例な交代劇だったが、これで情勢が一気に変わった。

マイノリティもハリスを歓迎した。ハリスの父はジャマイカ出身の黒人で、母はインド出身。アメリカの人種の多様性を象徴するような出自である。

今回の大統領選では、トランプとバイデンどちらの候補も毛嫌いしている“ダブルヘイター”が3割いた。その中心は若い世代だ。78歳のトランプ、81歳のバイデンは、若い世代にとって旧世代の遺物にしか映らず、政治離れを引き起こしていた。

しかし、59歳でマイノリティを象徴するハリスが民主党候補になったことで選択肢ができた。大統領選の投票には事前登録が必要であり、ダブルヘイターのうち、どれだけの人が登録するのかはまだ不透明だ。ただ、この層が投票するとしたら、票はハリスに流れることが予想され、俄然有利になった。

大統領候補の人気を左右するのは、プロフィールだけではない。重要なのは政治家としての力量だ。実はこの点でハリスには不安があった。トランプも批判しているように、副大統領としてのハリスは、バイデンの後ろを随行するだけであり、存在感はなかった。

ただ、後継候補になってから、少なくとも演説がうまいことはわかった。トランプは自分の言いたいことを一方通行で勢いよく伝えるスタイルだが、ハリスは対照的に聴衆に質問を投げかけながら巻き込んでいくスタイル。聴衆から「イエス!」と合いの手が入るたびに会場に一体感が生まれて盛り上がっていく。