英国有数の金持ちで庶民感覚に乏しかった

イギリスで議会下院の総選挙が行われ、14年ぶりに政権交代が起きた。キア・スターマー新首相の誕生により、国民生活に明るい光が差し込みそうだ。

スナク前首相(左)とスターマー新首相(右)
スナク前首相(左)とスターマー新首相(右)

英議会下院の定数は650議席。前回の2019年総選挙で与党・保守党は365議席を占めていた。しかし今回は121議席で3分の1に。野党・労働党は412議席で、前回から約2倍になった。もともと下馬評で労働党勝利が予想されていたが、勝利という言葉で片づけられないほどの地滑り的圧勝だった。

リシ・スナク前首相が率いる保守党の敗因は明確。下院議員の任期は5年、任期満了まで選挙をしない選択もありえたが、スナク前首相は5月にサプライズ解散をした。そのとき会見で強調したのがインフレ対策の成果だった。

スナク政権が発足した22年10月の物価上昇率は10%を超えていた。その後、インフレは抑制され、今年4月の消費者物価指数は2.3%で、約3年ぶりに2%台まで落ちた。これをチャンスと見て解散に踏み切ったが、インフレ抑制は国民が実感するレベルに達していなかった。この水準が数カ月続けば国民も変化を感じ取ったかもしれないが、賭けに出るのが早すぎた。

一方で、NHS(ナショナル・ヘルス・サービス)の問題を解決できなかったことも大きい。NHSは国民なら誰でも医療を受けられる建前になっているが、実態は病院に行けば廊下で6時間待たされ、手術は3〜6カ月待ちが当たり前。スナク前首相も課題の一つに挙げたが、患者の待機リストは増える一方で、有効な対策を打てなかった。

スナク前首相はゴールドマン・サックスなどの金融畑出身で、第2次ジョンソン政権では財務大臣も務めた。マクロ経済には自信があり、実際にインフレ率の抑制にも成功している。

しかし、スーパーで買い物に苦労するとか、病院で何時間も待たされるといった生活上の問題を解決できず、国民の不満が爆発したのも当然である。

庶民感覚の乏しさは、選挙後の会見からもうかがい知れる。首相官邸にあたるダウニング街10番地で行われた退任会見は、「アイムソーリー」と国民への謝罪の言葉で始まり、スターマー新首相への賛辞とエールが大半を占めた。敗者のお手本ともいうべき、清々しいスピーチだった。

ただ、実はスナク前首相はイギリスでも有数なお金持ち一家の一人である。本人はインドからアフリカに渡って財をなした印僑の家系で、スタンフォードに留学。そこで出会ったのが、世界的SIer(システムインテグレーター)であるインフォシスの共同創業者で初代CEO、ナラヤナ・ムルティの娘、アクシャタだった。

アクシャタはインフォシスの株を0.93%保有し、それだけで毎年数十億円の配当が懐に入る。また、夫婦での総資産は約1200億円と言われ、これはイギリスの国家元首であるチャールズ国王の資産を上回る額だ。

時にそのリッチな生活は、リシ・リッチと皮肉られ、スナク前首相の政治キャリアにおいて、議論の的となった。もちろん、英首相の座にしがみつかなければいけない経済的事情は何もなく、だからこそ爽やかに舞台を去れたのだ。