中でも一番心に残るのが、66番目の「会社全体が『システム』という概念を体得せよ」という言葉だ。わが社のように特許などの研究成果をベースに事業展開をする“技術立社”的な研究開発型の企業にとって、このキーワードは極めて大事だと思う。システムというと、すぐにコンピュータや機械系を思い描きがちだが、土光さんの言わんとするシステムとは思考の問題で、「何ができるかではなく、何をなすべきか」、そして「インプットからアウトプットを導き出すのではなく、アウトプットを先に決め、それに合うインプットを選ぶ」と指摘している。つまり研究開発でも出口を見据えて研究しなさいということで、研究結果が出てきたから何に利用するか、どう事業化しようかというのでは発想が逆だというのである。これはデスバレー(優れた研究成果は挙がるけれど、新製品や新事業につながらない)のことを意味しており、世の中に望まれるニーズを研究開発しなさいと言っているのである。
また土光さんは、この項目の中で「不確定要素を攪乱因子と見ず、成長因子と見る」とも言っている。要するにピンチをチャンスとして捉えろと言っているのだろう。医薬業界で言えば、今、製薬会社の持つ主力薬品の特許が2010年前後から次々に切れてしまういわゆる「2010年問題」が指摘されている(※雑誌掲載当時)。医薬企業はフラジャイル(壊れやすい、華奢の意)でリスクばかりが高いとの声もあるが、それを不確定要因として捉える必要はないというのだ。医療の現場から望まれている医薬事業のハードルは高いものの、それを越えて真に必要な薬であれば必ず使用され、事業としても大きく発展するはずである。土光さんはそういうリスク要因を前向きに捉えてむしろ成長因子として見なさいと言っているわけだ。
さらに「同一系列のタテの連結よりも、異系列のヨコの連動を重視する」という発言や、「組織を、機能の分割と見ず、機能のネットワークと見る」というのも会社の縦割り組織の問題点としても重要な指摘だ。研究開発マネジメントのあり方の真髄だと思う。そもそも製薬事業は長い年月と数百億円の資金を投入してやっと完成するが、縦割りのセクショナリズムや自分の着想だけでやっている自己完結型の研究では何も成功しない。研究者やグループ、あるいは研究所などの組織間のコミュニケーションやネットワークこそが一番大事で、それが成否の鍵を握っているのである。前述のカーネギーの話とも連動するが、まさにコミュニケーションとスピード感が大事だとつくづく思うし、実際に今もそれを実践している。『経営の行動指針』にはほかにも注目すべき項目はいくらでもある。
「人はその長所のみ取らば可なり。短所を知るを要せず」という荻生徂徠の言葉もある。人は短所ばかりに目がいくが、一つくらいは長所があるもの。その長所を活用するよう良い所だけ見ていくと、結局、個性ある人を尊重することになる。さらに女性の活用についても40年も前なのにものすごく強調している。当社も、女性のMR(医療情報担当者)の採用比率を50%にするように努めている。『経営の行動指針』は現在のような混沌とした時代に、自分の行動指針の基盤となる座標軸を示してくれる本である。項目を繰り返し読むだけでも意味があるし、一字一句がすべて経営の本質を突くもので、経営者だけでなく管理職クラスも目を通すべき本だと思う。