「松田さんの話は何を伝えたいのかよくわからない。事実を述べているだけでは、聞いている人の心に響きません。これを読んでみなさい」
私が大学院生のときに恩師・有馬啓教授がこういって手渡してくださったのが、まだ新書版で刊行されていた頃の『カーネギー話し方教室』だった。この本は、自分の伝えたいことを相手に理解してもらう効果的な話し方の基本や意思伝達の技など、話し手の思いを聞き手に上手に伝えて心をつかむ方法が書かれている。
会話をすればそこそこ話が通じることもあって一般に話し方はそれほど重要視されていないが、本当は難しいものだ。実は話すことで、相手とコミュニケーションをとって価値観をお互いに共有したり、ディスカッションによって新しいものを生み出すことができる。有馬教授から勧められた本を読んで、そういう会話の持つ奥深さを教えられた。
このとき学んだ話し方の大切さは、今でも十分に生きている。ほぼ毎土曜日、お医者さんなどを対象にテーマを決めて会社主催の研究会を開催している。その研究会に私もサポート役として、閉会時に謝辞とともに日頃感じていることや新製品の特徴など会社からのメッセージを5分間ほど話しているからだ。その際、会の責任者から前もって伝えたいポイントを個条書きにしてもらい、それをもとにポイントを絞って自分なりに構想を練る。場合によっては妻の前で練習もするし、3週間前から準備をして会にのぞむこともある。
恩師から注意されたくらいの私だ。もともと饒舌ではなかったし、私自身が研究者出身ということもあり気を付けていたことがある。研究者はテーマを決めて自分の研究に没頭していれば、周囲とのコミュニケーションに気を配らずにあまり会話をしなくてもすむところがある。しかし、実際に研究テーマを詰めていくには研究者同士のディスカッションは極めて大事だし、研究の成果を商品化して世に問う際にはメッセージの伝え方で評価が違ってくることもある。効果的な話し方を鍛えるためにも私は社内外の研究発表会などに進んで参加するよう心がけてきた。