父が他界し誰も住まない実家…でも売却処分できない

Kさんは、成年後見人を務めるようになって約8年。この間、一家の主が認知症になったり亡くなったりした時、しておくべき備えをしなかったばかりに、さまざまな不利益を被ったり、トラブルになったケースを見てきたといいます。

成年後見制度には、認知症になった時に備えて、信頼できる人をあらかじめ自分で選んでおく「任意後見制度」と、家庭裁判所に後見人を選んでもらう「法定後見制度(認知症になった後でもつけることができる)」の2種類があることや、それを決める複雑な決まりがありますが、それはおいおい述べるとして、まずはKさんが、経験した分かりやすい不利益事例を紹介します。

【実際にあった事例:亡くなった父親が遺言を残さなかったために、物心両面で多大な苦労を続ける羽目になったサラリーマン】

「これは遺言書がなかったために大変な苦労をしている方の例です。問題の主は、埼玉県川口市に住む会社員Iさん(58)。Iさんの実家は栃木県那須塩原市にあり、お父さんが一人で住んでいたのですが、一昨年の暮れに亡くなりました。Iさんは一人息子。勤務する会社は東京にあり川口に家も建てたこともあって実家に戻る気はありませんでした。お盆と正月には家族で帰省していましたが、そういう時に『親父が死んだら、この家をどうする?』なんて話はしにくい。自分は一人息子であり、相続でもめる存在もいないですから、亡くなったら実家は処分しようと勝手に考えていました。で、父親の四十九日が済んだ頃、売却しようとしたんですが、できなかったのです。実は、お母さんは健在なのですが、高齢者施設に入っており、要介護4で認知症患者でした」

木造の古い家の室内
写真=iStock.com/Wako Megumi
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このケースでは、法定相続人はお母さんとIさんの2人。遺産分割は両者の同意があれば成立します。実の母子ですから、Iさんが不動産の売却を望めば、話し合いで同意は得られたはずですが、相続人に認知症などで判断能力が十分でない人がいる場合、法律上、遺産分割はできないのです。

「認知症になった人でも、その方の資産管理などを代行できる成年後見人(この場合、法定後見人)を立てることはできます。法定後見人が家庭裁判所に申し立てをすれば、相続の手続きをすることも可能なのですが、不動産の場合、相続できる遺産は半分半分ということになり、Iさんは土地と家のすべてを売るに売れない状況になってしまったのです」

亡き父親が実家の処分を含め、財産をどうするか遺言書を残していれば問題はなかったのですが、Iさん同様、「自分が死んだら息子が相続して好きにするだろう」と軽く考えていたのか、残していなかったのだそうです。

結局、Iさんは実家を処分できず固定資産税を払い続けることに。その額は年約10万円。川口市の家のローンも残っていますし、母親が亡くなるまで(法定相続人が自分一人になって不動産を売却できる時)毎年10万円ずつ払うのは、かなりの負担だと感じています。

「その出費以上に、Iさんを悩ませたのが実家の管理です。昔の家なので庭がけっこう広いんです。夏になると、その庭に雑草が生い茂るわけです。当初はお盆に実家に戻って、お父さんを偲びながら草刈りをするのもいいか、と自分を納得させていたそうですが、それが今後も続くと思うと、夏が来るのが憂鬱ゆううつになりました。また、実家へはクルマで行くそうですが、3時間近くかかるし、ガソリン代や高速代もバカになりません。しかも1年分の雑草取りは重労働。日頃、体を動かしていない身には堪えるというのです」