簡単にできる2020年7月導入の自筆証書遺言保管制度
加えて実家に雑草取りで戻った時、周辺の住人の視線が冷たくなるのも感じたそうです。
「人が住んでいない家はあっという間に老朽化します。そんな空き家が町内にあるのは見苦しいものですし、強風でも吹けば家の一部が崩れる危険もある。防災・防犯の観点からも空き家があることは迷惑なわけです。周囲の人たちとお父さんは親しい関係を築いていましたし、ひとり息子のIさんの顔見知りの関係にあったそうですが、放置された空き家があるという目の前の問題の前では、そんなものは吹っ飛んでしまうのです」
父と息子が将来起こることについて曖昧にしてきたばかりにIさんは、これからも膨大な金銭と労力を費やすことになり、愛着があるはずの生まれ故郷から疎まれてしまうという負い目まで抱えてしまったのです。
「こんな事態にならないために重要なのが相続内容を明記した遺言書を残しておくことです。遺言書というと“正式なものを作るのは大変だ”というイメージがありますよね。われわれのような司法書士や弁護士などの専門家に依頼して、公証人に立ち会ってもらって、費用もかなりかかる(数万円から十数万円)から、と。
確かに、遺言書の当事者が資産家で、相続人も沢山いて、というような相続でもめるのが確実な場合はそうした手続きを踏んだ公正証書遺言が必要になりますが、一般の家庭でIさんのように相続人がお母さんと一人息子だけといったもめる要素が少ない場合は自筆証書遺言で十分です。文字通り、自筆で作る遺言で、過去にはその遺言が有効なものか、家庭裁判所のチェック(検認)が必要だったのですが、2020年7月から導入された自筆証書遺言書保管制度を利用すれば、比較的簡単に有効性のある遺言を作ることができるのです」
この制度は遺言者本人が遺言書を作成し、管轄の法務局に申請すれば、原本とその画像データを保管してくれるというものです。法務局に保管された遺言書があれば、遺言が有効であるか確認できる、遺言の紛失や改ざんなどの心配がない、家庭裁判所の検認が不要といったメリットがあり、遺言書情報証明書を交付してもらうことで、速やかに相続の手続きができるのです。
なお、この制度を利用するには、いくつかのルールがあります。
自筆証書遺言はA4の用紙に日付と氏名、全文を自書し押印があることです。相続人が多い場合は誰に何を相続させるといった目録をつける必要がありますが、Iさんのように相続人が一人の場合は、「財産すべて」でいいわけです。
また、申請する時は、遺言者本人が法務局に予約をしたうえで出向き、指定の様式の申請書を書き、免許証などの本人確認できるものと住民票の写しなどを持参すれば申請できます。
「自筆証書遺言書保管制度の申請にかかる手数料は3900円です。この手続きには確かに面倒に感じる部分があります。お父さんが自筆で遺言書を書き、法務局まで出向いて申請しなければならないのですから。でも、これから払い続けることになる固定資産税や草刈りなどの空き家管理にかかる膨大な労力を考えたら安いものですよ。Iさんと似た状況にある方は、親御さんを説得して、自筆証書遺言を書いてもらっておいた方がいいと思います」