7月17日、ウクライナのゼレンスキー大統領は保安局長官(秘密警察長官)と検事総長という高官2人を「ロシアに協力する反逆行為が多数見つかった」という理由で解任した。一人はゼレンスキー大統領の幼なじみ、もう一人はロシアの戦争犯罪を捜査してきた女性だった。解任の背景には何があるのか。元外交官で作家の佐藤優さんが解説する――。(連載第18回)
2022年7月25日、ウクライナのキエフにあるマリインスキー宮殿での会談後、グアテマラ大統領アレハンドロ・ジャンマッテイとの共同記者会見で話すウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領。
写真=EPA/時事通信フォト
2022年7月25日、ウクライナのキエフにあるマリインスキー宮殿での会談後、グアテマラ大統領アレハンドロ・ジャンマッテイとの共同記者会見で話すウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領。

「秘密警察と検察のトップが解任」の衝撃

7月28日は、ゼレンスキー大統領が2021年に制定した祝日「ウクライナの国家の日」でした。記念の動画メッセージで、ゼレンスキー大統領はこう演説しました。

「私たちは、戦うために生き続けるし、生きるために戦い続ける。私たちは、自らの家から最後の占領者を追い出すまで屈しないし、ウクライナの大地の最後の1メートルを解放するまで止まらない。最後の村、最後の家、最後の井戸、最後のサクラ、最後のヤナギが解放されるまで、私たちが気を休めることはない」(ウクライナ唯一の国営通信社「ウクルインフォルム通信」の日本語版より

ゼレンスキー大統領は、国民の戦意を鼓舞し続けています。しかし、その足元を支える政権中枢が混乱し始めています。7月18日のBBCは、次のように報じています。

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は17日夜、保安局(SBU)長官(秘密警察長官)と検事総長を解任したと発表した。強力な権力を持つ両組織内で、ロシアに協力する反逆行為が多数見つかったためとしている。ウクライナ当局は16日には、SBUのクリミアでの元幹部を反逆容疑などで拘束している。

ゼレンスキー大統領は、ロシアが占領した地域で60人以上の元政府職員が、ウクライナに敵対し、ロシアに協力していると述べた。さらに、法執行機関の職員がロシアに協力したりウクライナに敵対したりした疑いで、計651件の事件捜査に着手していると話した。

恒例になっている夜のビデオ声明でゼレンスキー氏は、「国の安全保障の基礎に対してこれほど多くの犯罪が行われていたことは(中略)(両組織の)トップにきわめて重大な疑問を突きつけており、すべての疑問にしかるべき適切な答えを得ていく」と述べた。

解任された2人は最側近だった

解任されたのは、KGB(ソ連の秘密警察機関であり対外諜報機関)を前身とする情報機関である保安局のバカノウ局長と、ベネディクトワ検事総長です。

バカノウ氏は、幼なじみのゼレンスキー氏が主宰する劇団「95地区」でも同僚でした。ゼレンスキー氏の資金管理係として2019年の大統領選にも深く関わり、当選後は保安局長官に任命されたのです。大学の観光科卒でしたから政治の経験もインテリジェンスに従事したこともまったくなかったので任命当初から資質に疑念が呈されていました。

ベネディクトワ検事総長は、ゼレンスキー氏が役者時代に知己を得て、大統領選挙で精力的に活動した論功でこの職に就きました。ロシア軍が行った戦争犯罪の捜査を率いてきた女性です。2人とも、ゼレンスキー大統領の最側近として知られていました。

解任の理由は、2人自身が「ロシアに協力する反逆行為」を行ったのではなく、部下を統率できなかったこと。部下たちは、この政権は長く持たないと見切りをつけ、自分の温かい椅子を確保するなら早いほうが得だと考えて、裏切り行為に走ったのでしょう。