シリア難民のときとは違う…周辺国が親身に受け入れる理由

【池上】シリアやアフリカから100万人を超える人たちがヨーロッパへ押し寄せた2015年と比べて、それほど混乱が見られません。

【増田】難民問題を長く取材してきましたが、ウクライナからの難民はポーランドだけですでに330万人。2015年のドイツが受け入れた難民の数はおよそ100万人ですから、欧州難民危機をはるかに上回る人数です。しかし今回違いを感じたのは、隣の国に住んでいて、同じような文化や生活習慣で似たような言葉を使う人たちが自分の国に入ってくるのは、あのときとは違うんだなということです。

宗教も同じキリスト教だから受け入れやすい。隣国で暮らす親戚を頼るウクライナ人も、結構います。オーストリア=ハンガリー帝国時代(1867〜1918年)は、ウクライナ西部はハンガリーの一部だったので、ウクライナにはハンガリー系住民が住んでいますし、ロシア軍の侵攻前からポーランドには100万人以上のウクライナ人が住んでいました。

それにゼレンスキー大統領は、18歳から60歳の男性の出国を禁止しています。つまり難民の多くは、お年寄りと女性と子どもなんですよね。

もうひとつ感じたのは、以前に取材したシリアからの難民とは違って、ウクライナへ帰りたいと訴える人が多かったことです。ロシア軍が撤退してもキーウへ帰るのはまだ早いと言われても、「危ないとわかっているけど帰りたい」という声をたくさん聞きました。

マリウポリから逃げてきた母子。ドナウ川沿の保養所に一時滞在し、次にどこへ移動すべきか、スタッフと相談をしていた。
撮影=増田ユリヤ
マリウポリから逃げてきた母子。ドナウ川沿の保養所に一時滞在し、次にどこへ移動すべきか、スタッフと相談をしていた。

難民が「定住して働いて生活する」となると出てくる問題

【増田】ただし、ウクライナとロシアの戦闘が膠着こうちゃくし、停戦が見通せないなか、長期にわたり帰国できない可能性もあります。定住して働いて生活するとなれば、別の問題になります。難民を受け入れる条件は、国ごとに違います。ウクライナがEU(欧州連合)の加盟国ではないことも、影響してきます。

パスポートを持っていない人も多いようで、マリウポリの近くから来たと言う母子は、「春にエジプトへ旅行に行こうと思って生まれて初めてパスポートを申請したのに、発給が間に合わなかった。初めて国外へ出るのがこんな形になるなんて、思ってもみなかった」と話してくれました。ウクライナはそれほど豊かな国ではありませんから、海外旅行は一般的ではないのかもしれません。

イギリスがEUから離脱する際、ポーランドからたくさんの人が出稼ぎに来て仕事を奪われるというのが、理由のひとつでした。そのポーランドへ出稼ぎに行くのがウクライナ人ですから、いかに経済格差が大きいかわかります。

【池上】周辺国への避難が長期化すれば、食料の問題もでてきます。今はポーランド、ハンガリー、ルーマニア、モルドバなど、決して豊かとは言えない国々の人々が、善意で難民を支援していますが、長引けば世界食糧計画(WFP)による食料援助が必要になります。

WFPは、ウクライナ侵攻を経て毎月の運営コストは7100万ドル(日本円で約89億円)増加すると予想し、深刻な食糧不足に陥っているナイジェリア、南スーダンやイエメンへの食料の配給を削減しています(「国連WFP」HPより)。なんともやりきれません。