「野党が勝てばロシアと戦争になるぞ」

【池上】ハンガリーでは、4月3日に総選挙が行われましたが、現地の様子はどうでしたか。

【増田】ハンガリーは、EUとNATO(北大西洋条約機構)に加盟している国の中で異端児です。オルバン・ヴィクトル首相は強権でロシアのウラジーミル・プーチン大統領と親しく、政策は親ロシア的です。EUがロシア産の石油の輸入を年末までに禁止することを決めましたが、ロシア産エネルギーに対する依存度の高いハンガリーは反対していました。

ウクライナへの軍事侵攻に関しては、双方から距離を置いています。ロシアを非難しつつウクライナへの支援は行わず、欧州諸国の兵器を自国経由でウクライナへ運ぶことも拒否しています。

事前の選挙予測だと、6党の野党が連合して与党と拮抗きっこうしているという情報だったので、総選挙の結果でオルバン政権がどう変わるのか気になって取材に行きました。選挙スローガンは、与党が「平和か戦争か」。野党は「東か西か」という対立軸でした。オルバン政権の主張は「野党が勝てばロシアと戦争になる」。野党側は「自分たちはローマ帝国が東西に分裂したとき以来、歴史的に西側のメンバーだ」という主張でした。

結果は、与党の「フィデス・ハンガリー市民連盟」が2議席伸ばして135議席。全199議席の3分の2を占めました。野党連合は8議席を失って56議席にとどまり、政権交代は実現しませんでした。戦争に関わらない姿勢が評価されて、オルバン政権が信任を得た形です。

「ロシアと戦争になる」と言われるとよみがえる66年前の記憶

【増田】ハンガリーはウクライナと違ってNATOに加盟しているので、もしロシアが攻撃してきた場合、NATO加盟国は防衛する義務があります。そう簡単にはロシアは攻めてこないでしょう。でも、ウクライナを応援したらロシアと戦争になるよと言われたら、1956年のハンガリー動乱の記憶を思い起こしてしまう人が現在もいるのです。

1956年のハンガリー動乱で、ソ連は大量の戦車と装甲車を首都ブダペストへ送り込んで民主化運動を制圧しました。ワルシャワ条約機構(東ヨーロッパ諸国がNATOに対抗して作った軍事同盟)からの脱退と中立を表明したナジ・イムレ首相をはじめ、数千人が殺されたんです。今回の取材でも「私はもう二度と、戦車が入ってくるのは見たくない」と語る高齢の女性の話も聞きました。

1956年10月、ハンガリー・ブダペストで道路のバリケードを撤去しようとするソ連戦車。
1956年10月、ハンガリー・ブダペストで道路のバリケードを撤去しようとするソ連戦車。(写真=CIA/パブリックドメイン/Wikimedia Commons

「あのとき、どこの国も何もしてくれなかった」と怒る女性もいました。「アメリカだって、私たちに何をしてくれたの? 今回ウクライナに対しては、みんなが支援している。そこが大きく違うわ」と。逆に、あんな経験をした自分たちだからこそ、ウクライナを助けなければと考える人もいます。街角でインタビューをした、元高校のロシア語教師は、ウクライナ語の辞書を抱えて駅へ行って、通訳のボランティアをしたと言っていました。