湖池屋のスナック菓子「カラムーチョ」は1984年発売のロングセラーだ。その誕生の背景には、最後発にもかかわらず破竹の勢いだったカルビーへの対抗意識があった。異色のスナック菓子は、なぜ大定番になれたのか。湖池屋創業者の息子で現会長、小池孝氏の証言を交えて明らかにする——。(第2回)
現行カラムーチョと発売時スティックカラムーチョのパッケージ
画像提供=湖池屋

湖池屋を猛追する最後発のカルビー

1962年、湖池屋は日本で最初にポテトチップスを「お菓子」として量産し、販売する。その後、1960年代後半から70年代にかけて、さまざまな菓子メーカーがポテトチップス市場に参入した。最後発で参入したのがカルビーである。同社は1964年発売の「かっぱえびせん」で一大市場を築いており、文字通り破竹の勢いだった。

「カルビー創業者である松尾孝さんの三男・雅彦さん(後に第3代社長に就任)がポテトチップス事業のリーダーでした。参入にあたりカルビーさんは、かつてわれわれのライバルだった会社が持っていた北海道の工場を買い、そこでポテトチップスの製造を開始。テスト販売時は、われわれと同じ150円で売り始めたそうです。その後、価格を100円にしたら飛ぶように売れだしたんです」