ネット上には荒唐無稽な「陰謀論」があふれている。なぜ人は信じてしまうのか。SNSの研究者であるサミュエル・ウーリー氏は「最初は誰もが問題に感じる話題を種にして、徐々に一般化させていく。アメリカ政治に影響を与える『Qアノン』もこの戦略を使っている」という――。

※本稿は、大野和基インタビュー・編『自由の奪還 全体主義、非科学の暴走を止められるか』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

2020年8月22日、ロサンゼルスのハリウッド大通りで行われたデモで、陰謀論者グループ「Qアノン」のデモ参加者が児童の人身売買に抗議している様子
写真=AFP/時事通信フォト
2020年8月22日、ロサンゼルスのハリウッド大通りで行われたデモで、陰謀論者グループ「Qアノン」のデモ参加者が児童の人身売買に抗議している様子

トランプとバイデンのソーシャル・メディアの使い方の違い

——2020年の大統領選挙でトランプに投票した米国人約7500万人の中には、いまもバイデンの正当性を認めない人たちがいるといわれます。トランプ、バイデンはどちらがソーシャル・メディアをうまく使ったと評価しますか。

それはapples and oranges(まったく違う)のようなもので、比べられません。トランプはソーシャル・メディアをbully pulpit(権力の座)、要は公職の権威を利用して、個人の考えを説いて広める道具や自己宣伝の機会にしていました。また嘘をつく場、選挙のプロセスのみならず自分の対戦相手についてディスインフォメーション(事実ではないとわかったうえで流す情報)を拡散する場としても使っていました。

一方でバイデンは、ソーシャル・メディアのフォロワーがトランプと比べるとはるかに少ない。だから単純に比較はできないのですが、バイデンはトランプのように非公式なソーシャル・メディアをまるで自分の公式マウスピース(代弁者)のようには使っていません。トランプに関していえば、彼のツイッターアカウント(現在は永久凍結されている)を見にいけば、しっかり管理している人間がいないので彼の動向や頭の中が何もかも筒抜けでしたが、バイデンはソーシャル・メディアに対してもっと昔ながらのアプローチをとっていたように思えます。

トランプのソーシャル・メディアの使い方は、彼について多くのことを物語っていました。トランプが選挙前に醸し出していた語調は、深い怒りとフラストレーション、心配に満ちていた。彼は当時怯えていたのです。

アメリカ政治を揺るがす「Qアノン」の正体

——最近、アメリカ政治を揺るがしているといわれる組織「Qアノン」についてお聞きしたい。「Qアノン」の陰謀論に対して支持を表明し、人種差別的な言動でも知られる共和党員のマージョリー・テイラー・グリーンは、2020年11月の選挙で下院議員の席を勝ち取りました。これだけでも日本人にはショッキングなことでした。「Qアノン」は集団ですか? 彼らの目的は何ですか?

よくある陰謀論と同じで、アメリカ政府に内部情報に通じた「Q」という人物がいるとする陰謀論、またその信奉者たちを指します。まさに現実の錯覚というほかありません。少し考えればわかることですが、何の実証にも事実にも基づいておらず、憶測以外の何物でもありませんから。

——さまざまな陰謀論を唱えているようですが、どのようなものなのでしょうか。

この世界には「ディープ・ステート」(闇の国)というものがあり、まったくの自己利益のために国民をコントロールする「大きな政府」を築こうとしている民主党員によって運営されているという。真に恐るべきことに「児童虐待と性的搾取を行なっている国際的なネットワークが存在し、民主党の政治家たちはその一員だ」とか、「民主党員は人喰い人種だ」などと主張しています。2016年の大統領選期間中に広まったピザゲート(民主党のヒラリー・クリントンに関する陰謀論)など、多くの陰謀論と深いかかわりがあります。

これらの陰謀論は民主党の中傷、そしてアメリカ社会の奥底ですでにくすぶっていた猜疑の火種を燃え上がらせる目的で流されたとみられます。アメリカは多くの人の間で二極化しており、また社会の奥底には反知性主義がつねに流れていますが、インターネットがそのような陰謀論を拡散するのに加担した。

非常に有害な考え方ですが、最初は社会の末端から出てきたものです。それがいまや、私の大学時代の友人でさえも「Qアノン」に関連する内容にハッシュタグをつけて、共有するほど主流になってきました。彼女はとても頭がいい人で、結婚して子どももいますが、そういう人が「Qアノン」に惹かれているのです。