すべての人を魅了する美しい生き方は、日本とともに

1958年11月に明仁皇太子殿下と正田美智子さんのご婚約が発表されるや、ミッチーブームが巻き起こった。皇室ジャーナリストの近重幸哉氏は「まるで西洋映画のロマンスのような展開に日本中が熱狂したんです」と話す。

美智子上皇后の美しい歩み
AFLO=写真

軽井沢のテニスコートを舞台に、美貌と教養を兼ね備えたご令嬢が皇太子から見初められ、史上初の民間出身プリンセスとなる――。そのニュースは、戦後の復興が進む日本で、また1つ新しい時代が幕を開けたかのような華やかさを感じさせたのだ。

ちょうど週刊誌創刊ラッシュと重なったことも、ミッチーブームを後押ししたと言えよう。

「『女性自身』の創刊もご婚約と同時期。創刊後、美智子さま人気にあやかろうとファッション特集を組んだら、物凄い売れ行きだったそうです」

60年2月には浩宮徳仁親王をご出産。民間出身というだけではなく、美智子さまは皇室にたくさんの“史上初”をもたらした。御所ではなく病院で出産したのも、乳人を置かず自ら親王を育てたのも皇室初。また、東宮御所にキッチンを設け、ご家族に手料理を振る舞ったのも前例がないことだった。

そんな東宮一家の様子は盛んに報道され、幸せな家族像として国民の憧れの対象となっていく。