逮捕歴のある人の再就職は難しい。だが、ライターの北尾トロ氏は、住居侵入・窃盗事件の裁判で、感動的なシーンに遭遇した。逮捕された20代会社員を雇い、自宅に住まわせている社長が、情状酌量を訴えていたのだ。北尾氏が「この社長は、世知辛い社会の防波堤となり、被告人を守ろうとしていた」と振り返る――。

住居侵入・窃盗事件の地味で小さな裁判で起きたドラマ

東京地裁(地方裁判所)のある霞が関のビルには、高裁(高等裁判所)と簡裁(簡易裁判所)も入っている。今回取り上げるのは、簡裁で傍聴した住居侵入・窃盗事件だ。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/dar_st)

簡裁は軽微な刑事・民事事件しか扱わないので、多くの場合、あっさり進行する。この日の事件も、被告人が保釈中であることから全面的に罪を認めていると思われた。

被告人は20代の会社員。事件当時勤めていた会社はやめているが、現在は別の会社で働いているという。裁判官の「現在は無職ですか?」という問いに答えたものだが、事実なら、現在の雇用主は被告人が逮捕され、裁判を控えているのを承知の上で雇ったことになる。どういう経緯でそうなったのか、興味深い。

検察官の冒頭陳述で明かされた事件の概要は次のようなものだ。

金に困っていた被告人は実家の隣の家に侵入し、居間などを物色して現金17万円を窃盗。玄関に鍵がかかっておらず家主も不在だと知ったうえで、金があったら盗むつもりで侵入したらしい。その金は生活費、飲み代、ゲームソフト代などで使い切った。

素人くさい手口の被告人には前歴が多数あった

これについて被告人は、酔っ払って実家に戻ったとき、間違えて隣室のドアをまわしたら開いた、と計画性のなさを主張。真相はわからないが、その後の行動は“味を占めた”という言い方がふさわしい。

1カ月後、今度は自宅マンション(7階)の隣室が不在のときを狙って、ベランダの仕切壁を乗り越えて掃出し窓から侵入したのだ。電気はつけず、スマホのライトを使って物色し、バッグに入っていた1万7000円を盗む。その後、ベランダから部屋に戻り、発覚を恐れてタオルで手すりを拭いたが、対面するマンションの住人が、被告人が部屋に侵入するところを目撃して110番通報した。

盗む意思で侵入しているくせに、結果的に指紋などの証拠を残すずさんな犯行。しかも、侵入するところを見られていたり隣の家だったりといかにも素人くさい手口である。

目撃者が複数いたこと、目撃状況を再現して確認できたこと、前の事件でも容疑者とされていたことなどから逮捕につながった。前科こそないが、被告人には前歴が多数。窃盗も含まれている。侵入した隣の家には女性が暮らしており、身近な男が部屋に忍び込むという恐怖を与えた罪も重い。