腕利きの弁護士のおかげで示談が成立した

これに対して弁護人は、被告人が素直に罪を認めて反省しているとした上で、2件の被害者に謝罪の手紙を書き、示談が成立していること、すでに20万円と5万円の示談金が支払われていること、最初の事件の被害者から寛大な処分を希望する旨の文書が提出されていることを挙げた。

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こうした事件では、被害者との示談が成立せず、厳しい処罰を求められることが多い。そこを素早くクリアするとは、この弁護人なかなかの腕だと思った。

執行猶予は、有罪判決を受けた者に一定期間の猶予を与え、その間に新たな犯罪をおかさなければ刑の効力が失われる制度。社会の中で生活しながら更正できるのだから、塀の中で暮らす実刑とは大きな差がある。示談の成立や被害者の赦しは、そのために有利に働くのだ。

だが、再犯の可能性が低いから執行猶予を付けた、という形にしたい裁判所が気にする点は他にもある。住む家があるのか、仕事(収入)はどうするのか、被告人を監督する親族などのサポートはあるのか、などだ。執行猶予付判決をテッパンにするために、この弁護人、どんな手を打ってくるのか。

情状酌量を訴えたのは親ではなく、「雇用主」だった

登場したのは、わが子を心配し、泣きながら裁判官に情状酌量を求める親、ではなかった。弁護士は、誰も予想しなかった“スーパー証人”を連れてきた。現在、被告人を雇い、住居も与える雇用主(社長)である。

弁護人はまず、被告人が事件を起こす半年ほど前まで証人の経営する会社に勤務し、退職後に他社で働いていたときに事件を起こし、現在はその会社で再雇用していると明かした。証人が言う。

「辞めてからも連絡を取り、電話だけではなく1、2度会って、戻ってこないかと誘いましたが、当時はやりたいことをしたいと乗ってきませんでした。やりたいこととは、専門的な鍛冶屋の仕事だと聞いていました」

プロの職人としてやっていきたいと被告人は語ったが、何か様子がおかしく、隠していることがあるのではないかと疑った。事実、被告人が盗みを働いていた時期と重なっているが、証人が感じたのは被告人の荒れた気持ちだ。

「被告人は、(私の)せがれの同級生の友人で、昔から知っています。逮捕は、ウチで働いている(被告人の)兄弟から聞きました。夫婦仲が悪く、離婚もして子どもにも会えず、自暴自棄になっていたことが原因のひとつだったようですが、私としては近所の顔見知りの人から盗ったのがショックでした」