断る経験は何度もしているが、何かを断ったり断られたりする場合は、だいたい断られる側にも不備があると考えたほうがいい。商売は個人対個人。相手の立場に立って、断ることが相手にとっていいことだという信念と確信があれば、断られたほうも納得してくれる。

<strong>セイコーエプソン相談役 草間三郎</strong>●1939年生まれ。63年静岡大学工学部卒業、同年諏訪精工舎(現セイコーエプソン)入社。電子デバイス事業に尽力。90年取締役、2001年社長、05年会長、08年より現職。
セイコーエプソン相談役 草間三郎●1939年生まれ。63年静岡大学工学部卒業、同年諏訪精工舎(現セイコーエプソン)入社。電子デバイス事業に尽力。90年取締役、2001年社長、05年会長、08年より現職。

協力会社にシビアな要求をのんでいただくのは、広い意味での「断り」だ。相手の取引銀行に「最悪の場合は弊社が保証する」と伝え、資金繰りのバックアップをお願いしたこともある。相手に明かしたりはしないが、お互いの信頼関係があってこそのやり方である。

弊社が工場を次々に海外に移した1988年頃、地元の諏訪地区には弊社との仕事が100%という企業も多かった。そこで、「あと3年で取引の割合を3割からゼロに減らし、他の取引先を開拓してください」とお願いした。

これまで協力してくれた地域の会社に対し、社会的責任は果たさねばならない。猶予期間を与えることが重要だ。結果として多くの企業が弊社の時計から自動車・航空などの他分野に幅を広げて、大きく力をつける転機となった。

ある年のクリスマス商戦が始まる直前、弊社ブランドでの販売を予定していた某機器メーカーの製品に重大な欠陥があることが判明した。年間最大のヤマ場を担う重要な商品だったが、その電子回路内に致命的な設計ミスが見つかったのだ。

このような場合、まず原因を究明し、対策を講じたうえで外部に発表するのが定石だ。しかし、それでは時間がかかってしまうだけではない。もし、その間に重大な事故が起これば取り返しがつかない。会社の信頼そのものが大きく損なわれてしまう。

損失額もちらついたが、信頼はお金に代えることはできない。私はメーカー側に「事実をすぐ公表したい。御社がノーでも弊社は出します」と主張した。メーカー側は同製品を供給している他社とも交渉して同じ結論に達し、全社一斉にリコールを公表した。

後にそのメーカーのトップにお会いしたとき、「弊社も今後はそういう姿勢でやっていきます」と逆に感謝され、会社同士の関係も深まった。顧客重視という最優先事項を踏まえれば、決断の正しさは明らかだ。