「しがらみ」を打破する知恵と執念
日本酒好きで「獺祭(だっさい)」を知らない人はいないでしょう。純米大吟醸酒として日本一の出荷量を誇り、海外にも輸出されて人気を博しています。獺祭を生み出したのは、旭酒造会長の桜井博志氏。3代目社長を継いだ1984年にはほぼ倒産状態だったという山口県の零細酒蔵を再建し、日本酒のグローバルブランドを築きました。
その背景には、「徹底的においしい酒を造ろう」という桜井氏の熱い思いと、そのために日本酒業界のさまざまな「しがらみ」を打破するための知恵と執念がありました。従来、仕込みや醸造などのプロセスは、杜氏の暗黙知頼みで冬場にのみ行われてきました。そのプロセスをコンピュータで制御することにより、通年での酒造りを可能にし、誰が作業しても品質を維持できるよう、技術の標準化を行いました。
また、原料となる山田錦を増産するため、生産農家へのITを用いた収穫管理支援を行うなどして、おいしい日本酒を十分供給できる体制を構築しました。グローバルに日本酒のよさを訴え、多くの人々の生活や食卓を豊かにしたい、というビジョンに基づき、合理的な経営に変革し、酒造経営のビジネスモデルイノベーションを実現したのです。
桜井氏が体現しているように、新しい世界や社会を構想し、そこへ向けて自分がなすべきことを考え出し、主体的に実践し、幅広い人たちを巻き込んで世界を変えていく力を、イノベーションとリーダーシップをかけ合わせて「イノベーターシップ」と名づけました。野中郁次郎一橋大学名誉教授との議論から生まれたコンセプトです。
「イノベーターシップ」とは
イノベーターシップは、マネジメント、リーダーシップを超える第3の力と位置づけています。ハーバード大学のジョン・コッター元教授が示したように、マネジメントは決まった目標を粛々とこなして所定の結果を上げることであり、一方のリーダーシップは変化が起きたときに、新たに向かうべき方向を決めて、取るべき行動をしっかりと指示することです。
いずれも、経営の目標を達成するのに不可欠な力ですが、あくまでも所属する組織の目標達成がゴールとなっています。この2つの力だけでは、これからの時代を乗り切ることは困難です。