アフリカで高いシェアを築いたヤマハ発動機

CSVの成功事例として、ヤマハ発動機の途上国市場戦略が挙げられます。同社は1960年代に、船外機事業を中心に開発途上国市場の開拓を始めました。最初に取り組んだ東パキスタン(現バングラデシュ)では、船外機のついた船は一艘もありませんでした。そこで、現地の船に船外機を取り付けられるように工夫したり、泥水の環境や砂混じりの粗悪な燃料でも故障しないような改良を重ねました。この取り組みは70年、バングラデシュの独立戦争によって撤退を余儀なくされますが、そこで培ったノウハウをもとに他の途上国市場に進出します。

ヤマハ発動機はアフリカの船外機市場でシェア9割を超える。

その1つ、サブサハラアフリカ(サハラ砂漠以南の地域)では、手漕ぎや帆かけの丸太船を使っていた漁民に、同様の方法で船外機を広めていきますが、新たな問題が生じます。船外機によって沖合に出られるようになったものの、従来浅瀬でやっていた投網では魚を獲ることができなかったのです。そこで同社はハードウエアの物売りから発想を転換し、現地の政府やNPOなどと協力しながら、日本政府のODAを活用して漁法指導を行ったり、海産物の加工工場や船舶製造工場に投資したり、技術移転をするなど、漁業全体の振興に取り組みます。また、船外機のメンテナンスをする人々への技術指導も行いました。こうした長期にわたる地道な活動の結果、地域の人々の生活水準の改善に貢献し、船外機市場でも9割を超える高いシェアを築いています。

CSVを成功させるには、自社と顧客だけでなく、公的機関や非営利組織を含めた「ビジネスエコシステム(生態系)」を築くことが不可欠です。長い年月をかけて、営利非営利の垣根を超えた関係性(「クロスセクター・アライアンス」と呼ばれる)を築くことで、同社の事業は事実上、他社にとって模倣困難となり、高い参入障壁を築くことができました。結果として、戦略的にも合理性を持った企業行動だったのです。

こうした企業行動を突き動かしていた原点は何か。それは経済合理性ではなく、「私たちはこういうことをやりたい」という「戦略的意図」(志やビジョン)です。合理的に考えれば、最初に途上国の丸太船ばかりの現状を見た時点で「来るのが20年早かった」と思い、引き返すでしょう。しかし同社は踏みとどまった。それができたのは、「すべての丸太船に船外機が付いたら、この国は変わる」という超長期のイメージを担当者が持てたからです。その背景には、同社が創業時から抱いてきた「社会を豊かにする」という次世代を見据えた展望と志があり、それがCSVの実現につながっているのではないかと感じます。

同社のように、何十年も先のビジョンを実現するためのアプローチが「バックキャスティング」です。過去の実績の延長線上に未来を予測する「フォアキャスティング」は、多くの企業が無意識のうちに基としている発想法です。バックキャスティングはその逆で、30年先や50年先のありたい社会像をまず描き、そこから振り返って今自社が何をすべきかを考える手法です。

このように、CSV実現のためには、長期的なビジョンに自社および連携する他の組織が共感し、その実現に向けて、さまざまな利害関係者を巻き込みながら、社会・経済両面の価値を追求する思いと行動が求められます。

(構成=増田忠英)
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