環境変化を察知できない企業は生き残れない。プリンター大手のブラザー工業が「5度目の変身」に挑んでいる。「ミシンのブラザー」だったのは昔の話。現在は売上高の約8割を海外が占めるグローバル企業だ。2015年には同社史上最高額という1890億円で英国企業を買収した。なぜ「変身」を急ぐのか。小池利和社長に聞いた――。

「ミシン時代」とは段違いの規模に

かつて優良企業だった東芝の苦境が象徴するように、大企業でも将来の保証はない時代だ。環境の変化にあわせて事業を組み換えていかないと、どんな企業も生き残れない。

そこで1908年創業のブラザー工業の事例を紹介したい。かつては「ミシンのブラザー」と呼ばれていたが、国内ミシン市場が縮小するなか、いち早く事業を多角化して海外展開も加速。主力事業をプリンターに転換して一頭地を抜く存在となった。2017年3月期(2016年度)の業績は、連結売上収益6411億8500万円(前期比6%減)、営業利益591億5200万円(同0.9%増)、税引前利益612億5700万円(同7.1%増)と安定した数字を残している。

だが、ペーパーレス化の時代を迎え、プリンター事業の先行きは不透明だ。そこでブラザーは「脱プリンター」を掲げて、5度目の変身に挑みつつある。小池利和社長のインタビューを交えながら、同社の取り組みを見ていきたい。

ブラザー工業の本社(愛知県名古屋市瑞穂区)

事業構造の軸足を「BtoB」に移す

現在、ブラザーの主力はプリンター事業だ。機能を絞った商品で、小規模オフィス(SOHO)や一般家庭向けに強みをもち、全売上高の約6割を占める。海外の売上比率が高く、前期も現地のプリンター事業は堅調だった。国内では「プリビオ」や「ジャスティオ」のブランドで展開しており、キヤノン、エプソンに次ぐ業界3位メーカーだ。ただし、主力事業を取り巻く環境は厳しい。競合のリコーは、プリンター事業の不振などで、2016年度の1年間で社員を約3700人削減している。

ブラザー工業は昨年、3カ年の中期経営計画「CS B2018」を発表した。その数値目標は後述するが、一般向けプリンター事業に寄りかかる現状の脱却を掲げる。中期計画の意図は何か?  2007年6月から同社の経営トップを務める小池利和社長はこう説明する。

「一言でいえば、事業構造の軸足をBtoC(企業対消費者)からBtoB(企業対企業)へ移すことを目指しています。タブレットの普及やクラウドコンピューティングの浸透で、消費者が紙に印刷する枚数は減っています。たとえば年賀葉書の発行枚数は2003年の44億枚をピークに減り続け、2016年は31億枚でした。毎年約1億枚ベースで減る時代です。そうなるとプリンターや複合機本体の売れゆきは鈍り、印刷に使うインクなどの消耗品も減らないので、消耗品市場も縮小します。グローバルでも、以前は『先進国で頭打ち、新興国で伸びる市場』といわれましたが、最近は厳しくなりました」

その対策として同社が進めるのが、産業用プリント事業の開拓だ。15年6月には1890億円(当時の為替レート)を投じて、英国のドミノ・プリンティング・サイエンシズ(以下、ドミノ)を買収した。ドミノが得意な産業用プリントとは、ペットボトル飲料や食品パッケージに日付やロット番号を刻印するもので、ブラザーのプリンティング事業とは重複しなかったという。買収後2年たった状況はどうか。

「ドミノ事業の17年3月期の業績は、日本円換算で売上収益593億5400万円、営業利益43億6600万円で、期初に計画していた目標を達成しました。買収当時はポンド高で、メディアや市場から『買収金額が高い』と言われましたが、私は長年米国に駐在していたので、昔からドミノ社の存在は知っており、非常に手堅く事業運営をする企業です。シナジー効果も期待できるので、ブラザーグループに迎え入れてよかったと思います」(小池氏)

わかりやすく例えれば、人口の多い中国やインドでペットボトル飲料を飲む人が増えれば、プリント需要も拡大するという構図で、トレーサビリティ(生産履歴)需要も高い産業用プリンターは、今後も年4~5%の成長市場といわれる。

(左)ドミノ社のコーディング・マーキング機器 (右)ドミノ社の機器での印刷結果。ペットボトルに消費期限などを印刷する