※本稿はYouTube「プレジデント公式チャンネル」での収録をもとに構成しています。
「帳簿の改竄」ではなく「定義の変更」で上下する
「一人っ子政策」の過ちで出生数は過去最低の792万人に
売り上げ目標に対して実績値が目標ピッタリ――このような数字を見たことがあるでしょうか。
中国政府は2025年の経済成長率の目標を「5%前後」と掲げました。中国では毎年3月の全国人民代表大会で成長率の目標を掲げ、翌年の年明けに実績を発表します。今年1月に発表された実績は、ジャスト5.0%。前の年、2024年も5.0%でした。4.9%でも5.1%でもなく、目標とぴったり同じ数字が2年続く――統計として、こんなことはありえません。
中国経済の等身大の姿はどうなのか。潜在成長率、つまり本来の実力は5〜6%あります。もし本当に5%成長しているなら、経済がこれほど苦しいはずがない。アメリカのシンクタンクが検証したところ、実際の成長率は公表のおよそ半分でした。米調査会社ロジウム・グループの推計では、2023年が1.5%(公表5.2%)、24年が2.4〜2.8%(同5.0%)、25年が2.5〜3.0%(同5.0%)。中国国内の経済学者にも「発表から3ポイント引いた数字が等身大だ」と言う人がいます。実際は2〜3%――若者の高失業率やデフレという「体感温度」と一致するのは、こちらの数字のほうです。
誤解しないでいただきたいのは、誰かが帳簿の数字を書き換えている、という単純な話ではないことです。数字は「改竄」ではなく「定義」で作られます。統計の定義や算入する項目は時々変えられており、それだけで数字は簡単に上下する。「今日からこの項目も算入する」と決めれば、成長率は膨らみます。ただし、数字をいくら変えても、実態までは変えられません。
なぜこんなことが起きるのか。中国には切磋琢磨の政策論争がないからです。悪い情報を上げれば責任を問われる体制では、悪い情報はトップに届きません。地方の役人は出世のために良い数字を報告し、悪い数字を出した者が責任を問われる。だから数字は、上に行くほど明るくなっていく。おそらく習近平国家主席本人ですら、本当の数字を知らされていないでしょう。
中国には、怪しい数字は野党が国会で追及し、メディアなどが検証する機能がありません。統計を正す装置が、国に組み込まれていないのです。
外から見えにくい理由もあります。
「中国の繁栄」は都市の光の部分だけです。失われた30年といわれた日本でも、銀座の交差点にデフレの気配はなかった。日本中の農山村まで足を運ばなければ、実態はわからないのです。
信用できないのはGDPだけではありません。出生率、失業率、そしてインフレ率。中国の「数字」のいびつさを、順に見ていきましょう。
男性3400万人過多で人口減少に拍車
14億489万人――。国家統計局の発表では、2025年末の人口としてこの数字が示されました。ところが、この国家発表の数字からして、疑わしいのです。米ウィスコンシン大学の研究者・易富賢氏は、実際の人口は20年時点で12億8000万人程度だと推計しています。長年、中国の人口統計の矛盾を指摘してきた人口学者です。当時でも公式統計との差は1億人以上、日本の総人口に匹敵する規模です。
どちらが正しいのか、確かめる術はありません。中国には統計を独立に検証する機関も、自由な報道もないからです。人口という最も基礎的な数字でさえ、1億人規模の幅をもって受け止めるしかない――これが中国の統計の現在地です。人の頭数を数えるだけの統計ですら、この有り様なのです。
経済にとって重要なのは、総人口よりも働く世代の数です。安い労働力が次々に湧いてくる「人口ボーナス」こそ、中国の高度成長の原動力でした。その働く世代が、2018年頃から減り始めました。その2年後にコロナ禍が重なり、下り坂は一気に加速します。
このいびつな人口動態の発端は、1980年頃から厳格化された一人っ子政策です。当時、文化大革命で農村に送られた下放青年たちが都市に戻り、深刻な失業問題が起きていました。食糧不足も深刻でした。頭を悩ませた当時最高責任者の鄧小平たちは「夫婦一組に子ども一人」という強硬策を打ち出します。しかし、彼らは人口の専門家ではありません。夫婦2人に子ども1人なら、単純計算で一世代ごとに人口は半減します。そんな無謀な政策に、異論を唱える者は一人もいませんでした。言論の自由がないからです。専門家が試算を示して反対する、新聞が問題点を報じる――そうした軌道修正の機会が、最初から存在しなかった。皮肉なことに、食糧不足の真因は人口過多ではなく農業生産体制の誤りでした。診断からして間違っていたのです。
この政策は、もう一つのいびつな数字を生みました。男女比です。本来、出生時の男女比は男の子がやや多い105対100前後に落ち着くものです。ところが中国では、この自然の比率が人の手で壊されました。農村では息子は労働力ですから、男児への執着が徹底しています。一人しか産めないなら、男の子がほしい。法律では胎児の性別告知は禁止されていますが、袖の下を渡せば医者が教えてくれます。女児とわかると人工流産を選ぶ夫婦が一定割合いて、その積み重ねの結果、40歳以下では男性が女性より約3400万人も多くなりました。人為的に歪められた男女比です。
一夫一婦制ですから、余った男性は結婚相手が見つかりません。少数派となった女性は完全な「売り手市場」です。結婚の条件として、マイホーム、マイカー、そして結納。家や車は男性側が用意するのが相場で、結納は地方によっては多いと数千万円にのぼります。持たざる男性は結婚自体を諦める。結婚が減り、出生率も下がるのです。
慌てた政府は「3人まで産んでいい」と方針転換しましたが「産んでいい」と言われて産むものではないでしょう。そもそも就職できない若者は結婚すらできないのです。一人っ子政策は35年あまり続きましたが、やめれば元に戻るというものではなかったのです。
結果、2025年の出生数は792万人。建国以来最少で、初めて800万人を割りました。直近のピークだった2016年に比べ、58%の減少です。総人口も4年連続で減り、25年は1年で339万人――横浜市の人口に迫る規模が消えました。注目してほしいのは、これが「公式統計でも」この数字だという点です。少子化は政権の失点ですから、低く見せたい数字ではないはずです。その政府の発表でさえ、この崖を隠せなくなっている。実態はさらに厳しいと見るべきでしょう。
どんな権力を握る政府でも、人口動態にだけは手を出してはいけません。一度崩れたバランスを元に戻すには、短くても50〜100年はかかります。経済が崩れれば経済政策で立て直せますが、人口動態を操作できる「人口政策」は、この世に存在しないのです。


