そこまで欲しくもないのに、「お買い得」と聞いた途端欲しくなるのはなぜか。行動経済学を通して、「不合理な選択」の正体に迫る。

「お得」――。それは誰もがつい惑わされる、魅力的な言葉です。しかし、お得だからと飛びついた買い物が、「よくない買い物」になっていることは少なくありません。

よくない買い物とは、買うこと、手に入れることそのものが目的になってしまい、本当に欲しい商品、必要な商品を買っていない買い物だと私は考えます。

これは買い手から見た話ですが、売り手にとってもよくない買い物であるかもしれません。商品の価値を伝えて理解してもらったうえで買ってもらうのではなく、「お得」を謳ってとにかく買ってもらえればいいという売り方をしていることがあります。その場では儲かっても、商品への評価が伴わなければブランドの毀損やリピーターの喪失につながり、長続きしません。買い手も売り手も、よくない買い物は本来大事にすべき「商品の価値」を見失っている点が共通しているといえます。

近年は特に人々が「お得」を求めすぎているかもしれません。バブルの頃を振り返ると、世の中全体がポジティブで、放っておいても将来はよくなっていくという期待がありました。それは幻想ではあったのですが、目の前の小さな得に一喜一憂するよりも、将来自分が成長するために時間やお金を投資しようという、長期的な視点を持ちやすかったように思います。

対して現代は明るい未来をイメージしにくいため、「少しでも得をしよう」「絶対に損をしないぞ」と、小さな「お得」に躍起になっているように見えます。「コスパ」や「タイパ」を求める気持ちも、突き詰めれば無駄なお金や時間を使いたくないという「お得」志向の延長線上にあるものです。

食べ物にしても住居にしても、本来は高い安いではなく、「これが欲しい」「これが必要だ」という理由があってお金を払い、満足を得ることでQOL(クオリティ・オブ・ライフ)は高まります。私が愛用しているユニクロのTシャツは、あるファッションYouTuberが縫製やデザインのよさを解説しているのを見て、納得したうえで選んだものです。単に安いから選んだのではなく、理由があって欲しいと思って買ったからこそ、満足度が高いのです。

何を買うかによって、24時間の生活すべてが決まります。だからこそ買い物は大事なものなのに、なぜかよく考えずに割引や限定商品に飛びついてしまう。ここに、多くの人が抱える矛盾があります。「お得かどうか」「安いかどうか」という基準だけで選んでしまうと、本当に欲しいものを選べず、不合理な選択をしてしまいがちです。

年収60%の車を無理して買ってしまう「参照点依存」

本来、必要なものであれば、高かろうと安かろうと買うべきです。とはいえ、「高い」「安い」という評価そのものが実はとても曖昧で、揺らぎやすいものです。

人は何を基準に「高い」「安い」を判断しているのでしょうか。判断基準は大きく2種類あります。一つは、自分の過去の購入経験や見聞きした販売状況、期待や願望などに基づいて判断する「内的参照価格」です。日用品なら、いつも買っている値段の感覚で「高い」「安い」を判断できるように、これまでの知見に基づいた判断です。もう一つは、店頭に表示されたメーカー希望小売価格など、売り手が示した情報を基準に判断する「外的参照価格」です。

後者を判断基準にする際に注意したいのが「アンカリング効果」です。たとえば、定価2000円に取り消し線が引かれて1900円と書かれていると、本来は無視すべき「2000円」という数字が最初に提示された基準として頭から離れなくなり、「100円安くなった」と判断してしまうのです。

(構成=増田忠英)