「大学生活=モラトリアム期間」と言われていたのも今は昔。就職して3年以内で会社をやめ、20代いっぱいを“自分探し”に費やす人や、社会人になってから大学に戻って学び直す人が増えるなど、日本人の人生設計は、以前より複雑になってきています。
こうした風潮を「いつまでも大人になりきれない人が増えた」と批判する人もいますが、若新さんは「そもそもモラトリアムは悪いことじゃない。むしろこれからの時代は精神的にモラトリアムを続ける人が増えることが、社会にとって望ましい」と主張します。“一生モラトリアム”とは、どういうことなのでしょうか?(聞き手、プレジデントオンライン編集部)
「モラトリアム」の意義
――最近は、寿命が伸びて「人生100年時代」と言われる一方で、いくつになっても大人になり切れない人がいるような気がしています。そのあたり、昔と比べてどう思いますか。
【若新】結論から言うと、「一生モラトリアム」の時代が来るんじゃないかと思っています。世間一般では「モラトリアムは早く終えたほうがいい」と考えられているので、それが長く続くことを快く思わない人は多いでしょう。でも、社会の変化が激しく、寿命も伸びて、今の大学生の定年は75歳くらいになるだろうと予想される今、「一生モラトリアム」は時代に必要とされる考え方になると思っています。
――そもそも「モラトリアム」とは、どういう意味なのですか。
【若新】もともとは金融用語で、「借金返済の猶予期間」という意味です。「借金の返済期限が来たけれど、返せないならモラトリアムをあげるよ」というふうに使われていた言葉です。この金融用語を転用し、エリクソンという心理学者が、「大人になるための準備の猶予期間」という意味で「心理社会的モラトリアム」という概念を提唱しました。1959年のことです。もともとは「借金の猶予」だし、「モラトリアム」という言葉に対して「大人になり切れない=いつまでも半人前」のようにネガティブな印象を持つ人が多いですが、エリクソンはこの言葉を、もっと前向きなものとして掲げていました。
――前向きというと?
【若新】モラトリアムは、人間が健全に成長するためにとても重要な期間だとエリクソンは言っています。自分から見た自分像と、社会から見た自分への期待や役割がうまく一致することを、「アイデンティティ(自己同一性)が確立する」と言います。つまり、一人前の大人になるということは、単に仕事の能力や経験が身につくということではなく、社会の中における自分の立ち位置や存在意義を見出してうまく成立させる、ということだと思います。
大人になることを焦っても、アイデンティティ形成がうまくできず、精神的に不安定な状態に陥ってしまいます。それを防ぐためにも、モラトリアム期間はとても重要だと言われています。
――でも、「モラトリアム」という言葉は、ネガティブに受け取る人がたくさんいますよね。
【若新】発展途上国や、その高度経済成長期におけるモラトリアムは、言ってみれば「半人前の見習い期間」です。半人前の大人は、当然給料もすごく低い。一人前の月給取りにならないと何も買えません。綺麗な服なんて着られないし、外食もできない。恋人もデートに誘えず、旅行なんかも当然無理です。つまり、半人前の状態は、若者にとって一刻も早く抜け出したいものでした。
ところが、社会が成熟してくると、大学生などでも親の援助が十分にもらえたり、気軽にバイトしてお小遣いを稼ぎ、誰でもオシャレを楽しんだり、贅沢に旅行ができるようになりました。すると今度は、「ずっと半人前でもいいじゃん」と考える若者も現れ、そこに逃げ込むこともできるようになりました。
こんな感じで、いつまでも半人前でいることへのネガティブなイメージが大きくなっていたんだと思います。