「声なき声」を背中で聞いて

<strong>荻田伍●おぎた・ひとし</strong><br>1942年、福岡県生まれ。65年九州大学経済学部卒業、アサヒビール入社。89年長野支店長、95年福岡支店長、97年九州地区本部長、2000年常務。02年アサヒ飲料副社長、03年同社社長。06年より現職。出向先のアサヒ飲料では赤字体質を脱却しV字回復に導く。子会社からの社長就任は前例のない抜擢だった。
アサヒビール社長 荻田伍●おぎた・ひとし
1942年、福岡県生まれ。65年九州大学経済学部卒業、アサヒビール入社。89年長野支店長、95年福岡支店長、97年九州地区本部長、2000年常務。02年アサヒ飲料副社長、03年同社社長。06年より現職。出向先のアサヒ飲料では赤字体質を脱却しV字回復に導く。子会社からの社長就任は前例のない抜擢だった。

1987年夏、自分でも驚くほどの体験をした。職場の一角で上司に苦情を言い、応じてもらえず食い下がっているとき、涙が流れたのだ。涙とは縁がない性格だ。でも、あのときだけは特別。45歳だった。

その年の3月17日、アサヒビールは『スーパードライ』を首都圏で発売した。味、口あたり、ネーミングなど、すべてが当たり、あっという間に大ヒットとなる。全国展開していくなかで、生産が追いつかず、近畿以西とくに九州では秋口まで欠品が続いた。その九州支店の営業第一課長に、前年の8月に着任していた。担当地域は、福岡市と久留米、大牟田など福岡県南部だ。

夏の暑い日に生ビールが切れる店が出たり、キャンペーン用のミニ樽が人気を呼んでなくなることはあっても、ビール液自体が不足することは、前代未聞だ。取引先の店で、客に「スーパードライを」と言われても出せず、叱られる例が続出する。それが、そのまま部下たちにハネ返ってきた。連日、彼らと一緒に頭を下げて回る。何か問題が起こると、一番辛さを味わうのは、いつでも営業現場だ。それを、次長にわかってもらいたかった。