英語は単なるコミュニケーションツールである
シンガポールでの3年7カ月の駐在は、私のサラリーマン人生にとって、まさに“黄金の日々”だったと思う。公私ともに充実した期間を送ることができたと感謝している。なかでも一番の収穫は、日本とはまったく違う文化・習慣のなかでビジネスおよびライフスタイルを体験できたことだ。後に世界を相手に会社を運営していく基礎を築くことができた。
当時のシンガポールのオフィスには、私と同世代の人たちがたくさん働いていた。日本に戻ってから徐々に私の社内ポストが上がるのと同様に、彼らもそれぞれの分野で活躍するようになっていく。一緒に原油取引に携わっていたイギリス人は、いまやシェルグループのインターナショナル・トレーディングカンパニーのトップだ。ローカルのスタッフだった人物は後に、シェルシンガポールのチェアマンに就いた。そんな彼らとの間に培ったネットワークは私の貴重な財産だ。
そのような経験をもとに、私は若い社員たちに「グローバルマインドを持ってほしい。留学でも、海外勤務でも、そこで現地の人たちと友達づきあいをし、一緒に仕事をし、生活していくことで違ったものが見えてくるはずだ。日本人としてのアイデンティティも大切にしながら、相互の信頼関係を築いていく必要がある。英語は、そのために身につけておくべき単なるコミュニケーションツールだ」と語りかけている。自身の新しい価値観づくりや異なる価値観を理解するベースを持つことが必要である。
その意味で、私が感心したのは欧米人を含めた彼らの働き方である。ここ数年、日本でも“ワークライフバランス”ということが声高に叫ばれているが、30年前のシンガポールでは、それがあたりまえのように行われていた。勤務時間内は集中して働く。が、残業はほとんどしない。
つまり、仕事のオンとオフのメリハリが明確なのだ。そして一日の終わりには、イブニングタイムに親しい友人と酒を酌み交わす。あるいは、家族と外食に出かけるなどして過ごしていた。夏冬の休暇もきちんと取る。有給休暇を半分も消化しきれなかった私にはまるで別世界だった。