「日本のキリスト者の多数派は反権力、9条擁護」
キリスト教の思想史に詳しい教団関係者によれば、カトリックもプロテスタントも元来、武力を持たない「絶対平和主義」のスタンスは取らない。16世紀の宗教改革以降、プロテスタントも多数の教派に分かれ、互いに激しく衝突した。
その中で、改革左派の「再洗礼派」の一部が非暴力・絶対平和主義を掲げ、その流れをくむ教派が日本にも生まれた。
非暴力・絶対平和主義は、戦争放棄をうたう日本国憲法9条を絶対視する思想と親和性が高い。「日本のキリスト者の多数派は反権力、9条擁護という考えを強く持っている。日本基督教団は社会派と教会派に分裂したが、根っこの思想は同じだ」(教団関係者)
また社会運動にのめり込む牧師たちは、歴史上のイエスをローマ帝国に抵抗した「革命家」とみなす傾向があるという。イエスを神の子というよりも、抑圧と差別を生きた活動家ととらえ、国家の抑圧下にある人と共闘することこそ、真のキリスト教徒であると考えるのだ。
「帰る場所をなくし、向かったのが沖縄だった」
金井氏は明治学院のチャプレンとなって5年を過ぎたころから、沖縄の問題に言及することが増えていったという。
「沖縄は本土の犠牲になった」「(沖縄戦を経験した)おじいや、おばあのために」。教会の説教でも頻繁に沖縄に触れ、「かりゆしウエア」のシャツを好んで着るようになった。
金井氏の知人によれば金井氏は女性問題をきっかけに明治学院側との関係がこじれ、年3月の任期満了をもって退任することになった。同じ年、沖縄県南城市の佐敷教会に赴任。その後、当時の妻と離婚し、辺野古での抗議活動の先頭に立つようになった。
知人は「沖縄に肩入れするようになった経緯は分からないが、家庭、職場と帰る場所をなくし、向かったのが沖縄だった」と述懐。そしてその人物像について、こう持論を述べた。「何者かになろうとしながら、それまで軸になるライフワーク、生き方を持っていなかった。沖縄での社会運動がそこに収まったのではないか」
金井氏は自身の著作『沖縄・辺野古の抗議船「不屈」からの便り』(みなも書房)にこう書いている。「そして今イエスはこの沖縄に生きている。日本政府の大きな力にさらされ、圧迫された人々の声もかき消されてしまっているこの所にこそイエスは生きていると思うのです」

