金井氏と同志社国際高の接点はどこから
『沖縄・辺野古の抗議船「不屈」からの便り』シリーズは、金井氏が「西が丘教会」(京都府大山崎町)に書き送った「沖縄からの便り」がベースになっているという。
同教会を含む日本基督教団の京都教区は、そのホームページ(HP)で示した宣教方針・方策で「沖縄・辺野古の米軍新基地建設に反対する」と、反基地のスタンスを明確にしている。
辺野古の転覆事故で生徒が死亡した同志社国際高について、京都教区は「関連諸団体」としてHPに一時掲載していたが、同校は文部科学省の調査に「許諾なく掲載された」とし、教区の牧師でもある教員が在籍しているものの、「関連団体ではない」と否定した。
金井氏と同校の接点はどこにあったのか。学校関係者によれば、明治学院のチャプレンだった平成16年に、同志社系列高の「宗教週間」の講師として招聘。そこから10年以上を経て、27年の宗教週間にも招いたという。
戦争体験者の牧師から礼拝を引き継ぐ
同校2年生の沖縄研修旅行の初日に行われる「開会礼拝」を長く担ってきたのは、沖縄戦における「集団自決」の証人として知られる元沖縄キリスト教短期大学長、金城重明氏(令和4年、93歳で死去)だったとされる。しかし高齢の金城氏の体調面などを考慮し、平成30年の研修旅行からは違う牧師に依頼することに。白羽の矢が立ったのが佐敷教会の牧師を務める金井氏だった。
戦後生まれの金井氏は沖縄戦の体験者ではなく、沖縄出身でもない。独自のイエス解釈のもとで、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する抗議船を運航していた活動家だった。
同校の牧師が金井氏を紹介し、2年の担任会、全体の教職員会議で了承されたというが、その経歴や抗議活動が問題視された形跡はない。なぜ戦争体験者である金城氏の後任が金井氏で良しとされたのか。この点は明らかになっていない。
金井氏はその著作で、岩礁が多い辺野古の海の危険性を何度も強調している。「海では人は簡単に死ぬことを肝に銘じて」といった具合だ。だが法令上必要な船の登録をせず、救命胴衣の着用指導もおろそかにした。言行不一致は、事故が起きるまで看過され続けた。
