世話焼きのおりょうも同じタイプ
『竜馬がゆく』において、竜馬は、女性たちにとって、手がかかる子供のような存在とされ、女性たちもその保護者を任じて行動する様が、描かれています。
田鶴は、竜馬を「まったく、眼が離せない坊やだこと」と思い、「あなたのご様子をみていると、そこまで面倒をみて差しあげねば、うまく生きてゆけないひとだというような気になってしまいます」と、竜馬に語りかけています。
竜馬は、いっけん女性の言いなりになっているようですが、竜馬のまわりにいる女性たちは、いずれも竜馬を保護し守る姉の感情と役割をもって竜馬に接しています。男性を甘えさせる女性像が、ここにはあります。近代の男性社会に疲れはてた男性を励まし、慰め、支えてくれる女性像です。
「竜馬の生涯を彩った」楢崎竜(司馬は、この物語では「おりょう」と表記しています)も、女性のほうから「なんとかしてあげねば」と思って竜馬の世話を焼きたがる点で、田鶴やさな子、乙女たちと「おなじ型(タイプ)」とされています。
登勢が語った「具合のよい女性像」
物語の中盤には、登勢が竜に、「あたし、嫉妬んでいうんだけど、あの人の荷物になっちゃだめよ。荷物になるようならあたし、あの人を好きな女の一人としてあなたの邪魔をするわよ」と述べる場面もあります。竜馬(「男性」)の「荷物」にならないように諭すのですが、男性にとり、具合のよい女性像が想定されています。
男性(=竜馬)が能動的に働きやすいように、男性を陰でしっかりとコントロールし見守っている女性。『竜馬がゆく』に登場する主要な女性たちは、みなこうした女性として、描かれています。
これは決して封建的な女性像ではありません。〈公〉の場所で働く男性を補佐し、支えるという、近代的な女性像です。『竜馬がゆく』を描く司馬は、こうした近代的女性像を提供しているのです。
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