竜馬にとって「われわれ」は「日本」

第一は、竜馬が土佐藩に完全に幻滅したことです。いかなる理由があろうと、土佐藩では上士が正しいとされ、郷士に加担した竜馬は「謀反人」に位置します。

もっとも、竜馬は土佐藩そのものというより、上士たちの「おろかしい占領意識」にいらだっています。土佐藩のなかは分裂しており、藩全体という「われわれ」意識が成立する条件がなく、アメリカに象徴される対外的な危機意識を梃子てこに、「われわれ」意識を論ずる、竜馬の落胆が記されます。

藩をまとめることすらできない上士たちの「われわれ」意識では、藩を越えて「日本」へと連なる意識など、望みうべくもないという竜馬像が、ここに提出されることになります。

井口村事件を通じて、藩内部の身分にこだわっている土佐藩と、それを支える上士への幻滅をいうのです。藩全体はむろん、藩を越えた「日本」というまとまりの意識――「われわれ」意識によってこそ、西洋に対抗することを竜馬が希求していることを、司馬は暗示しています。近代という〈国〉のまとまりを意識し始めた、竜馬像です。

「男色家」を嫌った司馬遼太郎

いま一つのポイントは、まったく別の角度からのこととなります。井口村事件の発端は、鬼山田と呼ばれる上士に、中平忠一郎という郷士が突き当たったことですが、中平は「愚にもつかぬ男」で「衆道(男色)にうつつをぬかし」ている、と司馬は記します。

このあと、中平を主語にするとき、司馬は、「男色家」という語を用いて叙述を進めます。この表現には、「男色家」に対する、司馬の嫌悪感が含まれています。井口村事件のややあとには、このような個所もあります。

稚児ちごとは衆道(男色)の愛人のことだ。土佐では、とんと見かけないという。土佐、薩摩などという南国の武士は、なおこうした戦国の悪風を残していて、若侍のあいだでは衆道が日常茶飯のことになっている。(2‐283、文春文庫〔新装版〕の巻‐頁を示す。以下同じ)

「まったくこまった蛮風」といい、「竜馬には、衆道の悪趣味など、毛ほどもない」とたたみかけます。この「男色家」への嫌悪――ホモフォビア(同性愛嫌悪)は、司馬がまったき近代人であることを示しています。

司馬遼太郎
司馬遼太郎(写真=講談社 撮影者不明/Public domain/Wikimedia Commons)