「隠している」つもりはない
「なぜ結婚したこと、プライベートのことを隠そうとするのだろう?」と考えると不思議に見える。しかし本人たちの感覚では、そもそも隠しているわけではないのだ。「なぜ会社の人に言う必要があるのか」というだけなのだ。会社の自分と私生活の自分が最初から別なら、結婚という私生活上の重大事を職場へ報告する必然性もない。そう、「アバター」と「本当の自分」はまったく別の存在だからだ。
「会社員アバター」の設定として必要なのは、せいぜい「○○部△△課所属」「この業務を担当」「今日はここまで進捗した」くらいで十分である。他方で「恋人がいる」「去年結婚した」「夫とは大学時代から付き合っている」「将来子どもがほしい」といった情報は、私的領域にいる本来の自分に属するものであり、それは「会社員アバター」が持っていない設定なのである。
「会社の自分」と「私生活の自分」は別の存在
とはいえ昔から仕事の場面では「公私混同するな」「仕事とプライベートを分けろ」とは言われてきた。いまの若い人も同じなのではないかと思った人もいるかもしれない。
しかし、いま起きていることはそれとはかなり異なる。ひと昔前の会社員は建前上では公私を分けながらも、「会社あっての自分」という感覚を持っていた。勤務先や肩書きは、その人が社会の成員であることを裏づける重要な属性でもあった。いまの若い世代は違う。「会社あっての自分」ではないから、公私混同のしようがない。最初から“公”の領域に本当の自分を置いていないのである。仕事中の自分は会社員というアバターであって、私生活にいる自分とはまったく別の存在なのだ。
すこし前にSNSでは、「会社に一度でも着ていった服は、休日に着ると仕事を思い出してしまうので嫌だ」という趣旨の投稿が大きな反響を呼んでいた。お気に入りの服が物理的に汚れるわけではない。しかし「会社で着た服」という属性が付着した瞬間、それは私生活だけに属するお気に入りではなくなる。この感覚は象徴的である。
かれらにとって会社は、自分の大切なものをできるだけ接触させたくない、いうなれば「敵性の異世界」になっているのだ。お気に入りの服も、鞄も、趣味も、恋人も、結婚も、すべて「こちら側」の世界にある。そこへ会社という「あちら側」の空気を触れさせたくないのである。
だから会社には必要最低限の自分だけを持ち込み、私生活にいる本当の自分は徹底して透明化する。これは単なるプライバシー意識の高まりではない。労働社会を、自分の生活世界の内部にまで侵入させないための防疫線なのだ。

