チャンバラの裏に隠された“ある計算”

思索が深まる秋の夜長、ドラマや小説などで目にする「武士」の本当の姿に迫ってみませんか。専門家たちが知られざる真実を提示する3本の記事をお届けします。

1本目は、歴史学者の本郷和人さんが、時代劇などで見られるチャンバラシーンの事実を明かします。日本刀での戦いは非効率的で、技術的にも心理面でも難しいものでした。それでも武士たちがその方法を選んだ裏には、ある“生々しい理由”が存在していたといいます。

2本目は、歴史学者の呉座勇一さんによる、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』についての考察です。同書で描かれた源頼朝と義経のエピソードが、実は後世の“完全な創作”であると指摘。その根拠を丁寧に解説しながら、「戦争の天才、政治センスは皆無」という義経像を覆します。

3本目は、歴史研究家の河合敦さんによる、武士たちの壮絶な子育てを掘り下げたレポートをピックアップします。幼い頃から仏間で切腹の練習をさせられた会津藩士の子どもたちや、2歳から武道でみっちりしごかれた薩摩藩の子どもたちなどを紹介。各藩独特の教育論が醸成される過程には、現代の人材育成にも通じるヒントが隠れています。

エンタメ作品として描かれる歴史テーマの中にも、当時の人々のさまざまな思いや奥深い事実が潜んでいます。多角的な視点で物事を見る習慣を身に付けて、人間関係やビジネスシーンに活かしていきましょう。

時代劇のような「チャンバラ」はありえない…武士たちが「非効率な日本刀」で命を懸けて戦った理由

(2026年2月14日公開)

時代劇のような「チャンバラ」はありえない…武士たちが「非効率な日本刀」で命を懸けて戦った理由
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Handsome Bob)

武士たちはなぜ戦ったのか。東京大学史料編纂所教授の本郷和人さんは「刀で戦うというのは、技術的にも心理的にも難しいことだった。それでも自分の命を懸けられたのは、『自分のお家繁栄のために』という功利計算があったからだ」という――。〈続きを読む〉

 

北条氏が鎌倉を牛耳るための創作だった…鎌倉時代の歴史書が「源頼朝と義経の兄弟ケンカ」を描くワケ

(2022年11月3日公開)

北条氏が鎌倉を牛耳るための創作だった…鎌倉時代の歴史書が「源頼朝と義経の兄弟ケンカ」を描くワケ
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Josiah S)

鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』には、源頼朝と義経の兄弟げんかが記されている。義経は兄の怒りを解こうと手紙を書くが、無神経な内容がかえって火に油を注ぐことになる。この「腰越状」のエピソードによって、「戦争の天才でも、政治的センスはゼロ」という義経像が世間に広まった。歴史学者の呉座勇一さんは「腰越状は後世に作られたまったくの創作」という。呉座さんの著書『武士とは何か』(新潮選書)から、その5つの理由を紹介する――。〈続きを読む〉

 

6歳から仏間で「切腹の練習」をする…「武士の中の武士」と呼ばれた会津藩のすさまじい子育てルール

(2022年7月19日公開)

6歳から仏間で「切腹の練習」をする…「武士の中の武士」と呼ばれた会津藩のすさまじい子育てルール
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Studio-Annika)

江戸時代の子供たちはどんな教育を受けていたのか。歴史研究家の河合敦さんは「教育は各藩にゆだねられていた。徳川家に恩を受けた歴史のある会津藩では、幼いときから目上の人や父母に絶対服従することを家庭で教えていたため、独特な士風が醸成された」という――。〈続きを読む〉

 

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