「大人の街」錦糸町の激変
東東京を代表する歓楽街である錦糸町が大変貌を遂げている。飲み屋やキャバクラ、ラブホテルが立ち並ぶかつてのイメージはどこへやら、天を衝くようなタワーマンションを中心に、収入が高いパワーカップルの子育て世帯が続々と移住しているのだ。街としてのイメージも改善される中、割を食う形となっているのが、これまで錦糸町で暮らしていた人々だ。錦糸町を地元とする人は、静かに「浄化作戦」が進んでいると指摘する。
10月中旬の週末。JR錦糸町駅北口の商業施設、アルカキット錦糸町店を訪れると、多くの客で賑わっていた。客のお目当ては4階のユニクロだ。売り場の面積は2500m2と、バスケットボールコート5面分の広さを誇る。中でも特徴的なのが子供服とベビー服売り場だ。ベビーカーが余裕をもってすれ違えるような広々とした通路や、子供専用の試着室も用意。「国内最大級」という触れ込みだ。ファミリー世帯向けを前面に押し出す。実際、少子化もどこ吹く風という様子で、子連れの家族だらけだった。
「感度が高い消費者」が住む街に
錦糸町近隣の住民を消費者として狙うのはユニクロだけではない。ここ数年間を振り返っても、駅前の東京楽天地ビルに錦糸町PARCO(パルコ)が新たにオープンしたのを機に、駅前にはプラザビルも竣工。デパ地下のような高級食品モールなども次々と誕生し、駅北口に面した錦糸公園では日本酒やクラフトビールなどのイベントなども開かれる。「感度が高い消費者を対象にしたマーケティング施策を試す場所として、錦糸町は有力候補として入ってくる」(広告代理店社員)という。
もっとも、一定の世代以上の人や土地勘のある人であれば、こうした現象に首を傾げたくもなるだろう。戦後の闇市の流れをくむ歴史を持つ錦糸町は場外馬券売り場を皮切りに居酒屋、風俗店、ラブホテルが並ぶ「大人の街」であり、ディープな歓楽街としての印象が強い。特にバブル期からソ連崩壊後にかけてはフィリピンパブやロシアンパブといった外国人の女性が働くナイトスポットが乱立し、愛好家が夜な夜なお金を落としていたのは有名だ。
いまや若い人々で溢れかえるスポットとなった錦糸公園も、かつてはホームレスのテントが立ち並び、昼間からワンカップを片手に酒盛りが催されていた。「あそこらへんは近づくなと先生や親から言われていた」と地元住人で40代のA氏は振り返る。A氏が通っていた公立小学校は、「クラスの1~2割は外国人で、かなり荒れていた」という。


