雪の下の体温を追って
サチコが寝たからといって、終日の監視体制が解かれたわけではなかった。サチコには特製の発信機が装着されていた。体温が上下すると、発信音の間隔が変わる。前田は1時間に1回、冬眠中のサチコの体温を記録し続けた。
まとまった睡眠をとることができない日々が延々と続く。雪に覆われた冬眠穴は、サチコが吐く温かい息によって雪が溶け、口が開いたりする。その直径は毎日変わる。キタキツネがやってきて、中を覗き込むこともある。ヒグマは冬眠中も体温が5℃ほどしか下がらない。何かあったらすぐに穴から飛び出すこともできる。冬眠中だからといって、全く油断はできなかった。
翌年の4月5日、午後6時。雪で塞がっていた入り口を黒々とした爪で崩し、サチコが顔を出した。少し頰がこけてはいたが、元気な姿を見た前田は歓喜した。こうして母親の教育を受けていないヒグマでも、自力で冬眠できることが明らかになった。
十年の観察が残したもの
前田は、冬眠の研究を10年間継続した。個体は毎年変えた。8頭がメス、2頭がオスだった。オスとメスで、傾向が分かれた。メスは全て、きちんと冬眠した。ところがオスの中の1頭は、穴からの出入りを繰り返した。
もう1頭は穴も掘らず、餌を食べ続けながら、冬の間中ずっと活発に遊んでいた。これがオスとメスの習性の違いなのか、たまたまだったのかは、サンプル数が少なすぎるために、残念ながら判断することができなかった。
前田の後、このような観察を行った者はいない。ヒグマの体重は、生まれて最初の冬を迎えると80キロにもなる。暴れ出すと、人間の力では到底制御できるものではない。しかし前田は母親役として、生まれて間もないころから、自分を噛んだり引っ掻いたりしてはいけないと厳しく躾ける。
子グマたちも、前田の言うことなら聞いてくれる。彼らを屋外に連れ出し、鎖に繋ぎ、いろいろな世話をするのは、飼育員だからといって誰もができることではなかった。そして、何カ月にもわたって施設に泊まり込み、24時間体制でヒグマを見続けたいという、ある意味常軌を逸した飼育員も、ついぞ出現することはなかった。
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