日ごと変わる小さな体

子グマの成長過程も、つぶさに観察することができた。ヒグマは6月ごろに交尾をするが、受精卵は着床せずに子宮の中で保存される。実質的な妊娠期間は、2カ月ほどしかない。だから子グマは非常に未熟な状態で生まれてくる。

耳は閉じていて、目も開いていない。どのように体ができあがっていくのか、前田はワクワクしながら見守った。耳の穴ができるまでには、まずピンク色の突起にしわができ、それが徐々に深くなってくびれてゆく。

3週間ほどで穴が開き、音に反応するのは1カ月半くらいしてからだった。ずっと閉じていた目も、1カ月ほどでうっすらと涙がにじむようになり、程なくしてまぶたが開いた。全ての準備がひっそりと進み、ある日突然、変化が起きる。何ひとつ見逃すことができなかった。

飼育員としての仕事をこなしながらも、前田はいつもハナコのことが気になっていた。そろそろお腹が空くだろう、排泄したいタイミングに違いない、といったことも分かってくる。走ってゆくと、ハナコも気配を感じるのか、前田が詰め所に入る前からぐずりだしていたという。母娘の強い絆が培われてゆく。前田は、これまでに感じたことのない幸福感と充足感の中にいた。

24時間体制で冬眠を見張る

入社2年目の冬、前田は冬眠の研究に取り掛かった。

観光客を一年中受け入れているのぼりべつクマ牧場では、出産を控えたメス以外は冬眠しない。自然界でヒグマが冬眠する理由は、冬には食べるものがなくなってしまうためだ。ところが、施設では冬の間も餌を与えられる。

ヒグマにとっては冬眠の必要性がなく、冬ごもりのスイッチが入らないのだ。しかし前田は、ヒグマの生来の行動である冬眠を、しっかりと観察したいと考えていた。

前田は、詰め所の脇の斜面に30メートルのワイヤーロープを張り、そこに長い鎖でヒグマを繋いだ。ヒグマが、自分が動き回れる範囲で自由に場所を選び、冬眠穴を掘れるようにしたのだ。そのアイディアを会社に持ち掛けたときは、当然のごとく、ヒグマを獣舎の外で飼うことの危険性を指摘された。非常識だと激怒する上司もいた。

しかし前田は、コンクリートしか知らないクマたちに、生涯でひと冬だけでもいいから土や植物の匂いに包まれて眠ってほしいのだと譲らなかった。前田の頑固さに負けた会社は、全て前田個人が責任をとることと、24時間体制で見張ることを条件に、計画を受け入れてくれた。