開業当初からジャスコに包囲されていた

地元の商店街を飲み込んだサンモール高砂は、周辺の大型店にさらに飲み込まれていく。

ジャスコの前身の一社であるフタギが高砂市に隣接する姫路市で創業したことから、サンモール高砂は開業当初からジャスコに包囲されていた。高砂市にはジャスコ高砂店があり、姫路市にはジャスコ姫路店・野里店・網干店・飾磨店・広畑店、加古川市にはジャスコ加古川店・べふ店などが存在した。加えてダイエーも姫路店や加古川店を構えていた。

さらに1980年代以降、より大型の店舗が開発される。加古川市では、ニチイ加古川ショッピングデパート(1982年開業、現イオン加古川店)、ダイエーが核のニッケパークタウン(1984年開業)、イトーヨーカドーが核のグリーンプラザべふ(1988年開業、現アリオ加古川)が相次いで誕生。姫路市でもジャスコが核の姫路リバーシティ(1993年開業、現イオンモール姫路リバーシティー)がオープンした。

このように大型店が乱立し、1993(平成5)年には、高砂市では大型店の進出が相次いだ加古川市への買い物客の流出が増えていると指摘されている。(『播磨の地理 人文編 町と産業と交通路』1993年4月)

そして1998(平成10)年6月、高砂市にアスパ高砂がオープンした。アスパ高砂の核テナントには、ジャスコ高砂店が移転する形で入居。ほかに専門店42店舗が出店した。市外に消費が流出していることに危機感を抱いた高砂商工会議所が中心となって計画されたものだった。

敷地面積は約3万3000平方メートルで、サンモール高砂の約2万平方メートルを大きく上回り市内最大級。さらにサンモール高砂と違ってエンクローズドモール(屋内型)のため、天気に関係なく買い回りしやすい造りになっている。

こうして大型競合に囲まれたサンモール高砂は、力を失っていった。

駅の乗客は37年間で100万人減った

サンモール高砂が地元の商店街を飲み込み、さらにより大型の店舗がサンモール高砂を飲み込んでいく……この食物連鎖のような流れには、モータリゼーションの進展が大きく関係している。

「高砂市統計書」によると、サンモール高砂の南館が増築された1978(昭和53)年度の高砂市の自動車保有台数は2万842台だった。それが1985(昭和60)年度には3万台を超え、1989(平成元)年度には一気に4万9474台にまで増加し、核テナントの西友が撤退した2015(平成27)年度には5万6130台に達している。

片や山陽電鉄高砂駅の乗客数は、1978(昭和53)年度の約230万人から2015(平成27)年度には約126万人になり、100万人以上も減少している。(「高砂市統計書」昭和57年、平成2年、平成28年版)

この数値から、モータリゼーションが加速し、それに伴って駅の利用者が減少したことが読み取れる。人々が車に乗って広い駐車場を備えた郊外へ行き、駅前から人がいなくなる流れは日本全国で起こったが、高砂駅でもまた如実に表れているのだ。