- 【第1回】幼い子どもが3人もいるのに突如「無職」に…RADWIMPSのドラマーを襲った「発症した6割が引退に追い込まれる病」
- 【第2回】RADWIMPSの曲を聞くのが怖かった…「君の名は」主題歌が世界的大ヒットの中、ドラマーだけが棚田にいたワケ
2015年、ロックバンド「RADWIMPS」のドラマー山口智史さん(41)は、演奏時に足が思うように動かなくなるミュージシャン・ジストニアを理由に、活動の無期限休養を決めた。それは治療法がない“不治の病”だった。そこから約10年後、山口さんの姿は有明アリーナにあった。いかにして山口さんはRADWIMPSのステージに戻ってきたのか。ライターの山内泰幸さんが聞いた――。(第3回/全3回)
周りからの「だいじょうぶ」がつらかった
神経疾患のミュージシャンズ・ジストニアを発症し、2015年に人気バンドRADWIMPSの活動を休止せざるを得なくなった山口智史さんは、移住先・葉山の棚田で農作業をしたり、そこでとれた米を用いての「葉山アイス」事業に打ち込むことで、ゆっくりと自身の心身を回復させていった。
ただし、根本の問題は残り続けていた。ミュージシャンズ・ジストニアを克服できたわけではないのだ。山口さんは自身が抱え込んだこの大きな課題にも、時間をかけて取り組んでいくこととなる。
ミュージシャンズ・ジストニアは、演奏時にかぎって無意識に筋肉がこわばって、コントロールが利かなくなる病だ。ドラマーである山口さんの場合、症状は右足に出た。バスドラムのペダルを踏み込もうとするたび、足が言うことを聞かなくなり、思い通りのリズムを刻めなくなっていった。
「目に見えない障害ですし、現象は身体のなかで起きているので、ジストニアの症状の言語化はひじょうに難しいんです」と山口さんは言う。
ふだんから強い痛みがあるわけでもなく、勝手にブレーキがかかってしまうような状態は感覚的なものゆえ、周囲と認識のギャップが生じてしまう。
山口さんは2009年に発症したあと、数年にわたりバンド活動を続けた。RADWIMPSのメンバーやスタッフは、彼の苦悩を察しながらも、励ましの言葉を口にした。「だいじょうぶ、ドラム、ちゃんと叩けているよ」と。
しかし、本人には明らかな違和感がある。「だいじょうぶ」と言われるたび、「なんでわかってもらえないのか」という孤独感に襲われた。苦しみを他者と共有できないのがつらかった。

