慶応義塾大学との出会い
バンド活動を休止したあと、山口さんのもとには、同じ症状に悩むドラマー仲間からの声が多く集まってきた。著名なバンドのドラマーたちが「じつは自分も……」と言う例が、思いのほか多かった。これは音楽の世界における由々しき問題ではないか。当事者となってしまった自分に、できることはないだろうかと山口さんは考えた。
自身の症状を改善するため、また世の多くの音楽家たちのために、山口さんはさまざまな医療関係者や研究者のもとを訪ね、意見を求め歩くようになった。
そんな探索のさなかに出会ったのが、慶應義塾大学環境情報学部(SFC)の藤井進也准教授だった。自身もドラマーであるという経歴を活かしながら、「Music and Brain」という講座を展開しており、カリキュラムのなかにジストニアの事例を盛り込んでいた。
初めて顔を合わせたのは2020年11月3日。そこから時間を重ね、山口さんが自身のあゆみと葛藤を話すうち、藤井准教授の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。情に厚いタイプの藤井准教授は、山口さんに言葉をかけた。
「いっしょに研究しましょう!」
ジストニアのメカニズムと療法を突き詰めたかった山口さんにとっても、願ってもない申し出だった。
2021年、山口さんは慶應義塾大学SFC研究所に属することとなり、最初は被験者・経験者の立場からジストニアの研究に参画していく。
被験者→研究者になったきっかけ
しばらく研究に協力したのち、山口さんはモードを切り替え、研究者としてプロジェクトに取り組み始める。きっかけとなったのは、藤井准教授に誘われて2022年8月に参加した、米国ポートランドでの国際学会だった。
世界中から集まった研究者たちの発表を聴講しながら、山口さんは鳥肌が立つほどの衝撃を覚えた。各々の発表者は短い持ち時間のなかで、発する言葉や映し出すスライドを極限まで磨き上げ、全身全霊を傾けて発表していた。発表後の質疑応答では、研究者たちがハイレベルな議論を交わし、人類の知恵を集合させて研究を前に進めようという気概がみなぎっていた。山口さんは懐かしそうに語る。
「研究者の姿がひたすらかっこよかった。これは音楽におけるライブと同じだ! と感じました」
自分にはどうしても解明したい課題がある。そしてここには、課題解決につながる知恵を共有してくれる人たちがいる。だったら……。5日間の学会を見学し終えたとき、山口さんは藤井准教授に訴え出た。
「先生、研究がしたいです!」


