※本稿は、和田秀樹『老人は「キレる」くらいでちょうどいい』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
日本人はなぜ「血圧」をこんなに気にするのか
1950代以降の日本では、それまでの結核を押しのけて「脳血管疾患」が死因の第1位になりました。脳血管疾患には「脳出血(出血性脳卒中)」と「脳梗塞(虚血性脳卒中)」の両方が含まれますが、50年代から70年代まで主流だったのは脳出血です。このことが、現在に至るまで日本人のトラウマのようになっていると私は見ています。
というのも、脳出血は脳の血管が切れることで起きる病気です。血管が切れやすくなる原因は、おおむね2つ。血管そのものが弱いことと、血圧が高くなることです。
前者を防ぐためには、血管の材料であるタンパク質を十分に摂取しなければいけません。つまり、肉を食べたほうがよいのです。ところが80年代以降の日本は、アメリカの「肉を減らそう」キャンペーンを取り入れてしまいました。そのため、血管を丈夫にすることで脳出血を予防しようという考え方があまり広まらなかったのです。
その結果、死因第1位の脳血管疾患を減らすための方策として強調されるようになったのが「血圧を下げよう」です。高血圧の予防のために、盛んに「減塩」がすすめられるようになりました。食事の塩分を控えめにしようと思うと、多くの人は肉料理を避けるようになります。たしかに塩分を減らせば血圧は下がりますが、一方で血管を強くするためのタンパク質が摂りにくくなった面もあるのではないでしょうか。
とはいえ、高血圧の予防によって、たしかに脳出血の発症率や死亡率は下がりました。70年代中頃以降は、脳出血に代わって脳梗塞が脳血管疾患の主流になっています。
セロトニン不足で前頭葉の働きに衰え
ところが、脳出血が減った現在でも、日本人は相変わらず血圧を下げることに熱心です。広い世界の中でも、日本人ぐらい血圧に対してセンシティブな国民はいません。
その証拠に、中高年が集まって酒を飲んだりすると、必ずといっていいほど「おまえ血圧いくつ?」という話になる。しかもほとんどの人が「俺は上が150で下が95」などと即答できます。さらに「そりゃあ、高いなぁ」などと医者でもないのに診断する人もいるのが日本です。こんな会話は、ほかの国ではまずあり得ないでしょう。
これが、脳出血の多さによって植えつけられた日本人の「トラウマ」にほかなりません。必要以上に血圧を気にするために「減塩」にこだわり、そのせいで日本の高齢者はますます肉食を敬遠するようになりました。
しかし、80年代に「肉を減らそう」と言い始めたアメリカでさえ、90年代以降は「コレステロール値と食事の関係は個人差が大きい」という研究が増え、2015年以降、食事のガイドラインからは「食事によるコレステロールの摂取制限」が撤回されました。「肉食=悪」という構図は、世界的に見てもとっくに崩れているのです。
それなのに日本人だけは、いまだに「高齢者が肉食をするのはよろしくない」という固定観念にとらわれています。しばしば「日本の常識は世界の非常識」といわれますが、これもその典型例のひとつです。
この奇妙な「常識」のおかげで、日本の高齢者はセロトニンが不足し、前頭葉の働きが衰えやすくなってしまいました。脳出血で死亡する人は減り、脳の血管はキレにくくなりましたが、その代わり前頭葉の情動コントロール能力が低下して、高齢者の頭がキレやすくなったともいえます。それだけならまだしも、「幸せホルモン」が足りないがゆえに高齢者が自分の生活に満足感を得にくくなり、老人性のうつ病も増えました。それがこの国の現状なのです。

