※本稿は、和田秀樹『老人は「キレる」くらいでちょうどいい』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
心の安定をもたらす「幸せホルモン」
前頭葉の働きを高めるためには、どんな種類の神経伝達物質が必要なのでしょうか。
前頭葉だけにかぎっても、必要な神経伝達物質は1種類ではありません。その機能には、いくつもの神経伝達物質が関わっています。ドーパミンやノルアドレナリンもそう。前頭葉が担う「意欲」はドーパミン、「集中力」はノルアドレナリンの働きによるものです。
では「キレやすさ」を左右する神経伝達物質は何か。それは「セロトニン」です。この物質が、感情の安定や衝動の抑制などの情報をメッセンジャーとして神経細胞ネットワークに伝えるのです。
したがって、前頭葉の神経細胞にセロトニンが十分に届いていれば、たとえ不快な出来事があっても、すぐに怒ったり取り乱したりしにくくなるでしょう。逆に前頭葉に届くセロトニンが不足すれば、情動のコントロールがしにくくなり、怒りを抑えつけることが難しくなる。つまり、キレやすくなってしまうのです。
また、セロトニンは心の安定をもたらすので、しばしば「幸せホルモン」のひとつとされます(厳密にいうと、ホルモンとは血液をはじめとする体液によって全身を循環する物質のことなので、神経伝達物質は「ホルモン」ではありません。しかし体内で情報を伝達するという点では同じなので、ここでは比喩的に「ホルモン」と呼んでいます)。
お金持ちでも不安にさいなまれる
この「幸せホルモン」には、セロトニンのほか、前出のドーパミン、女性の授乳中などに分泌するオキシトシン、いわゆる「ランナーズハイ」(マラソンなどで苦しい状態が続いたときに快感や陶酔感を覚える現象)をもたらすベータエンドルフィンも含まれます。「幸せホルモン」としてのセロトニンは、高齢者が感じる幸福度も高めてくれるでしょう。
脳内でこの物質がたくさん分泌されればハッピーな気持ちになりやすく、分泌量が少なければ逆に不安を抱きやすくなるのです。さらに欠乏が進めばうつ病のリスクも高まってしまうのですから、おろそかにはできません。
人間の幸福感が脳内の物質に左右されることに違和感を抱く人もいるとは思います。たしかに、経済的にひどく貧しく、家族や友人もいないのに、「幸せホルモン」に恵まれているだけで幸福感を得るのは、いささか虚しいかもしれません。
でも、経済的にも社会的にも恵まれた立場にあって、誰もが羨むほど幸福そうに見える人でも、セロトニンという物質が枯渇すれば本人は幸福感を得にくくなってしまいます。
いくらお金があっても、不安にさいなまれて苦しい日々を過ごすのです。そう考えると、やはり十分な量のセロトニンが分泌されるに越したことはありません。
しかもセロトニンは、前頭葉の機能に関わるドーパミンやノルアドレナリンの働きを調整する役割も持っています。その意味でも、前頭葉の活性化に欠かせない物質だといえるでしょう。

