※本稿は、和田秀樹『老人は「キレる」くらいでちょうどいい』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
脳の萎縮は生き物としての宿命
私は老年精神医学の専門家という立場で、多くの高齢者に接するだけでなく、その脳をCT(X線を使ったコンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像診断装置)で撮影した画像をたくさん見てきました。
それを年に何百と見ていると、人間の脳が加齢によって縮んでしまうのはごく自然なことだと思わされます。どの高齢者の脳も、程度の差こそあれ、若い頃より縮んでいることに違いはありません。
これはいわば、生き物としての宿命のようなものでしょう。つまり、「脳の萎縮」という現象から完全に逃れられる人はいないのです。このことは、広く世の中の人々に認識してもらいたいと思います。
高齢者に対する厳しい意見を見聞きしていると、まるで自分がいつまでも若年層のまま生きていられるかのような態度で物を言っている人が少なくありません。そういう人は、かつて永六輔さんが『大往生』(岩波新書、1994年)というベストセラーで紹介して有名になった次の言葉を噛み締めてみたほうがいいでしょう。
人間の衰えは20代から始まっている
「子ども叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だもの」
これは永六輔さんが、お寺の掲示板で見かけた言葉だそうです。
この言葉どおり、いまの年寄りの姿は、誰にとっても未来の自分の姿。よほど早死にしないかぎり誰でもいずれ高齢者になりますし、高齢になれば脳は多少なりとも縮みます。
いや、じつは20代のうちから一日あたり10万個の神経細胞が減るともいわれていますから、これは高齢者になってから始まる問題ではありません。
人間の脳にはおよそ1000億個の神経細胞があるので、一日10万個の減少ぐらいでは、サイズが「縮んだ」といえるほどの変化ではないでしょう。とはいえ、「若者」と呼ばれる年代の人たちでも、すでに脳の状態は「キレやすい年寄り」に向かってほんの少しずつではありますが衰えているのです。自分の「行く道」をよく考えなければいけません。

